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12話 アイナさんの好物・上 -1-

「【ハンティングフィールド】ねぇ……」


 キッカさんに、この【歩くトラットリア】の構造を軽く説明したのち、ボクたちは食材を得るために【ハンティングフィールド】の前に来ていた。


「すごい、キッカさん。一回で覚えましたね」

「……あんた、あたしをバカにしてんの?」

「すごい……キッカは頭がいいのだな」

「えっ、なに、あんた……覚えられないの?」

「違う。ど忘れが続いているだけだ」

「覚えてないんじゃない!?」


 おそらく、アイナさんはカタカナの長い名前が苦手なのだ。『トラットリア』とか『ハンティングフィールド』とか『キッカ』さんとか。


 あ、でも、『キッカ』さんは覚えたのだから、これは物凄い進歩だと言える。


「アイナさんは、キッカさんの名前覚えましたもんね」

「ふふん。苦労した」

「三文字なんだけど!?」

「興味がないものの名を覚えるのは苦痛」

「興味持ちなさいよ! 永遠のライバルの名前に!」


 いつの間にかライバルにまで昇格していたキッカさん。

 アイナさんにはきっと負けるのだろうけれど、腕には覚えがあるらしい。


「あたしは、一人でも魔獣を狩れるハイスペックなシーフなのよ」

「なるほど。お友達がいなかったんですね」

「あんたそれ、剣鬼にも言える?」

「アイナさんは孤高の人だったんですよ」

「…………いつか刺してやる」


 どうやら、スキルマになると一人でも魔獣が狩れるようになるらしい。

 相当すごいことだと思うのだけれど、それって。


「まぁ、なんだっていいわ。とにかく、この中で魔獣を狩ればいんでしょ?」

「はい。そうすれば、食材が冷蔵庫に転送されますので」

「れ、れい、ぞうこ?」

「あぁっと……そういう物があるんです」


「ふぅん」と、キッカさんは興味なさげに鼻を鳴らす。


「んで? どんな魔獣を狩るつもりなの?」

「そうですねぇ……」


【ハンティングフィールド】に出現する魔獣はいつもランダムだ。

 けれど、ある程度こちらの希望は反映されるらしく、入る前にレシピを決めておくと、それに必要な魔獣が出現する確率がぐっと上がる。らしい。

 お師さんの受け売りなので、あまり自信はない。

 検証するほど【ハンティングフィールド】に入ってないし。

 ……えぇ、負けますからね。大体。


「アイナさんは、何か食べたい料理はありますか?」

「ちょーっと、タマちゃん!」


 アイナさんの好物が分かればいいなと質問をしたのだが、横から茶々が入った。……もう。


「なんですか?」

「まずあたしに聞きなさいよ! あたし、ここでご飯食べるの初めてなんだから。剣鬼は食べたことあるんでしょ!?」

「ふふん……ある」

「え、なに、そのドヤ顔? そんなに自慢すること?」


 アイナさんはボクの料理を気に入ってくれたのだろうか。そうだと嬉しい。

 けど、この前は途中で【ハンティングフィールド】に行ったり、時間が掛かったりで、随分と中途半端になってしまった。

 だから、今回はリベンジなのだ。


 アイナさんの好物を、最高に美味しく作る!

 それが、今回のミッションだ。


「アイナさんは、何か食べたい料理はありますか?」

「聞いてた、さっきの話!? まずあたしに聞けって言ったんだけど!?」

「えぇ……」

「物凄い嫌そうな顔ね。引っ叩くわよ?」

「じゃあ……、何が食べたいんですか?」

「肉!」

「なるほど。それで、アイナさんは何か食べたい料理はありますか?」

「あっさり流すな! そして、こっちとそっちで声のトーンが違い過ぎるでしょ、あんた!?」


 だって、『肉』って……それは料理じゃなくて食材です。


「とにかく、肉が食べたいの! 肉を焼いてかぶりつくのが好きなのよ、あたしは」


 おぉ!

 それはちょうどいい!


「お肉は前回の残りがあるので、今回はアイナさんの好物を作る材料を狩りましょう!」

「……あんたさぁ。どこまで露骨なの?」


 キッカさんが恨めしそうな目で睨んでくる。

 いや、でも、お肉、ありますし?

 焼きますよ、いくらでも。好きなだけかぶりついてください。


「わたしの好物……」

「はい。好きな料理とか思い出の料理とか。何かないですか?」

「聞きたいだけじゃない」

「違います!」


 ボクは興味本位で問い質しているわけではないんです!


「アイナさんの好物を知り、マスターした暁には、折を見て夕飯に出したり、記念日にさりげなく用意したり、落ち込んだ時とか頑張った時に作ってあげて特別な時間を共有したいだけです!」

「あざとい! いや、浅ましい!」


 失敬な。

 ピュアな思いやりなのに。


 そして、いつかアイナさんに……

「これから先、一生涯、毎日エッくんの料理が食べたい」

 とか言われてみたいっ! きゃー!


「なんだろう、この乙女チックなオーラ……すっごい、イライラするわね」

「……好物…………」

「あんたも、いつまで悩んでるのよ。好きな食べ物くらいあるでしょ?」


 胸をドンと叩かれて、アイナさんが軽くよろめく。

 ……そうか。鎧の上からなら触ってもセーフなのか…………いや、しかし……


「……好きな食べ物は、ある」

「んじゃ、それを言いなさいよ。……どうせタマちゃんはあんたの好物しか作る気ないみたいだし」


 キッカさんがぷくぅと膨れる。

 あ、あの表情可愛いな。……アイナさん、やってくれないかなぁ。


「ちょっ!? ……タ、タマちゃん。あたしの顔見てにやにやしないでくれる? あ、あたし、そういうんじゃないから」


 ん?

 なんだろう?

 この人は何を照れているんだろう?

 あ、人見知りなのかな。じゃあ見ないでおいてあげよう。


「じゃ、見ません」

「あっさりしてんな、ちきしょーめ!」


 なんか怒ってる。

 情緒がちょっと不安定なのかもしれないな。

 可哀想に……


「それで、アイナさん。何が食べたいですか?」

「わたし……わたしは…………ボンゴレが好き」



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