ボンゴレ!?
想像していた範囲外からのピックアップに、ちょっとびっくりした。
なんとなく、アイナさんとパスタってイメージが湧かなくて。
そうか、ボンゴレが好きなのか。
もしかしたら海辺の生まれなのかな?
「なにその料理? タマちゃん、知ってる?」
「はい。作り方も分かりますよ」
「じゃあよかったじゃん。ね、剣鬼」
「うむ。シェフのボンゴレは、美味しい」
う……なんですか、その根拠なき信頼は?
絶対失敗出来ないプレッシャーを感じるんですが……まぁ、失敗するつもりはないですけども。
「それじゃあ、ボンゴレに必要な食材を狩りに行きましょう」
「うむ!」
「ふっふっふっ。あたしの実力を目の当たりにして驚くがいいわ」
アイナさんが拳を握り、キッカさんが指を鳴らす。
今ここに、二人のスキルマスターの共闘が実現する。
これは、ひょっとしたらすごいことになるかもしれない! ……ごくり。
「では、行きますっ!」
三人で顔を見合わせ、【ハンティングフィールド】のドアを開いた。
ドアの向こうに広がっていたのは海。白い砂浜。そしてさんさんと降り注ぐ太陽。
「ぅええ!? な、なになに? どうなってんの!? なんで外!? なんで海!?」
一応説明はしたのだけれど、やっぱり実際目の当たりにすると驚いてしまうようだ。
キッカさんが砂浜に降り立ってきょろきょろと辺りを見渡している。
一方のアイナさんは、新しく購入した剣の柄を握りしめて、辺りを警戒している。
一度【ハンティングフィールド】を体験している分、アイナさんは冷静だ。
「何か、気配とか感じますか?」
「……いや。危険な気配は感じない……シェフは?」
「ボクは、そういうのはちょっと……」
気配とかは分からない。目視頼りだ。
神経を研ぎ澄ませても何も感じない。
「……暑いな」
「えぇ……、うっ、眩しっ!?」
「シェフ!?」
「あ、大丈夫です。ちょっと、眩しくて」
アイナさんが額の汗をぬぐった時、鎧に反射した太陽光がボクの目に入ったのだ。
白銀の鎧は、光をよく反射する。
特に、アイナさんの場合、胸の部分の傾斜がすごいから反射光が全部顔の方に……
「ありがとうございます!」
「な、何が、だろうか?」
なんかもう、胸に反射した光が顔に当たったってことは、これはもう間接おっぱいみたいなものですからね。
夏の砂浜には、ロマンスが溢れているね☆
「太陽に感謝します」
「おぉ、シェフ。その考え方は素晴らしいな。太陽があるから生き物は生き、植物は育つ。そういうことなのだな」
「……いや、絶対違うと思う。だって、タマちゃんの顔、ゆるっゆるだもん」
さんさんと降り注ぐ太陽を全身に浴び、祈りを捧げる。
……が。待てど暮らせど、獲物はやって来ない。姿も見えない。
「ねぇ、タマちゃん。本当に魔獣なんているの? なんにも出てこないじゃない」
「いや、魔獣とは限らないですよ。普通の牛や豚が出てくることもありますし、そういう時は、ボクなんかはラッキーって思って………………あ」
自分の言葉にヒントを得て、ようやくボクは合点がいった。
なぜ、ドアの先がこんな穏やかな砂浜につながっていたのか。
なぜ、何も出てこないのか。
出てこないわけじゃない。
もういるんだ。
「みなさん。砂を掘ってください!」
お手本を見せるように、ボクは素手で波打ち際の砂浜を掘り返す。
すると――
「いました、アサリです!」
そう。
ボンゴレの材料と言えばアサリだ。
しかも、今回はごく普通のアサリ。魔獣アサリではなく、砂浜にごろごろいる大人しいアサリなのだ。
あぁ、今回簡単でよかった。
「ちょっと!? あたしの力、どうやって見せればいいのよ!? 敵がいないじゃない!」
「キッカさん。敵は、暑さと紫外線です」
油断すると日射病になったり、全身日焼けしてひりひり地獄を味わうことになるかもしれない。
「そういうんじゃなくてさぁ!」
「わたしも、掘る」
「じゃあ、砂浜で、穴のあいているところを探してください」
「穴……分かった」
「物分かりいいな、剣鬼!? 疑問に思ったりしないわけ!?」
結局、キッカさんもぶつぶつ言いながらアサリ取りに参加した。
熊手があればもっと楽に取れたのだけど、まぁ、そこまで大量に欲しいわけじゃないから地道に探していく。
「にゃっほーい! 見て見て、すっげぇーデカいアサリ!」
「それ、ハマグリですよ」
「え、じゃあアタリ!?」
「いや、アタリとかはないんですけど……美味しいですよ」
「ふふん」
手の平に収まりきらない大きなハマグリをアイナさんに見せつけ、キッカさんが鼻を鳴らす。もう。また、そういうことをすると……
「わたしは、もっと大きな貝を探す」
ほら、負けず嫌いが発動しちゃったじゃないですか……
アサリですよ。アサリを探しましょうね。
「少し……本気を出す」
呟いて、アイナさんが剣を抜き放つ。
何をする気なんでしょうか? 今回は平和な潮干狩りですよ?
「ふ……っ!」
息を吐き出し、剣を砂浜へと突き立てる。
そして、剣身の半分くらいが埋まった剣の柄に手をかけ、まぶたを閉じて精神を集中させる。
直後――
「はぁっ!」
気合いのこもった声と共に、剣から振動が広がっていく。
砂浜が水面のように波紋を生んで波打つ。
砂の中から、カニやらヤドカリが我先にと這い出して避難していく。
そして。
「そこだっ!」
突き立った剣を抜き放ち、ボクたちから遠く離れた砂浜目掛けて剣を振る。
と、以前『気走り』という名前だと教わった、飛ぶ斬激が砂の上を走る。
斬激が砂にぶつかり、辺り一面に砂粒が撒き上がる。爆発だ、もはや。
そして、砂がもうもうと大気中に舞い、茶色い煙幕のようになっているその場所へ、アイナさんが駆けていく。
「あったっ!」
砂埃の向こうで、アイナさんの声が聞こえる。
随分と嬉しそうだ。満足のいくサイズの貝を見つけたのだろう。
しかし、すごい技だ。
まるで、超音波を発生させて遠くにいる生き物の位置情報を正確に察知しているようだった。
……おそらく、そういうことをしたんだろうな、アイナさんは。
上空まで舞い上がった砂の粒が降り注いでくる。
砂煙は色を濃くして、視界を遮っている。
そんな中、砂煙の中にアイナさんのシルエットが浮かび上がる。
両手を掲げ、こちらに近付いてくる影。
「大きな貝を捕まえた」
アイナさんが両手で掲げていたのは、直径が80センチ程もある巨大な貝だった。
「いや、大き過ぎますよ!?」
「なんの貝よ、それ!?」
「おそらく…………シジミ?」
たぶん、聞いたことがある貝の名前を適当に挙げただけっぽい。
見た目はサザエっぽいし、巨大だし、シジミの要素はまるでない。
「……ふふ」
アイナさんが満足そうだ。
まぁ、アサリ取り大会であったなら、二人とも無得点ですけどね。
「これが、ボンゴレに……」
「ならないですよ!?」
見たことあるんですよね、ボンゴレ?
入ってなかったですよね、そんな巨大な貝。
見当違いな貝にもかかわらず、ゲットしたアイナさんはどこか満足そうな顔をしていた。