「――むっ!?」
巨大サザエもどきを満足げに見つめていたアイナさんの視線が急に険しくなる。
ほぼ同時に、キッカさんがナイフを抜いた。
え……なんか来るパターン?
「……来た」
アイナさんの言葉を合図にしたかのようなタイミングで、海から太くて長いツタのようなものが伸びてきた。
「シェフッ!」
アイナさんが巨大サザエもどきを投げ捨て、ボクへと飛びついてくる。
……ごぅっ!
と、なんの抵抗も出来ないままに、強制的に後方へと高速移動させられる。
あまりの速度に一瞬息が詰まったが、衝撃を吸収するようにアイナさんが優しく抱きかかえてくれているので、体への負荷はそうでもなかった。
ボクたちが砂浜に着地すると同時に、さっきまでボクたちがいた場所に巨大なツタのようなものが叩きつけられた。
よく見ると、吸盤が付いていて…………あれは、イカの足だ!
「イカですね!」
「いかにも!」
わぉ。
「…………すまない。忘れてくれ」
アイナさんが真っ赤だ。
ボクから顔を背ける。限界まで背ける。首が伸びきってぷるぷるするくらいに背けている。
「おい、剣鬼! 盗まれたぞ!」
キッカさんの声に顔を上げると、巨大なイカの足がアイナさんの捕まえた巨大サザエもどきを掻っ攫っていくところだった。
あの貝を狙って出てきたのか。
巨大サザエもどきを手にしたイカが、穏やかだった水面を波立たせて姿を現す。
「でっ………………っかい!?」
テンタクルス――そんな魔獣が存在するらしい。
全長は数十メートルにおよび、船舶を襲っては沈没させるという巨大なイカのバケモノ。
……が。残念ながら、目の前に現れたのはホタルイカだった。
滅茶苦茶大きなホタルイカ。いや、形が完全にホタルイカなのだ。
なんというか、まるっこくてぷっくりしていて、ちょっと可愛い。
ただし、デカい。全長は12~15メートルくらいか。
「13.8メートル!」
キッカさんが親指と人差し指を目の前に持ってきて目測していた。
正確なのかな?
「あれは、倒す?」
「いえ、ボンゴレには使いませんし、スルーしても問題な……」
言い終わる前に、イカの足が降ってきた。
頭上から、こう、一気に「ずぱーん!」と。
訂正。
これはスルー出来ない。
アイナさんがいなければ、ボクはすでに二度死んでいる。
二回とも守ってもらってしまった。抱きかかえるようにして。
文字通りお荷物だ。
「ここで待っていて。すぐに倒してくる」
「は、はい。お願いしま――」
ずぱーん!
もう!
まともに会話する暇もない!
そして、マズいことに、あのイカはボクを狙っているらしい。
おそらく、もっとも捕食しやすいと判断したのだろう。
ボクが必死に逃げ回れば、アイナさんたちが攻撃する時間を稼げるのだが……ボクの足では逃げ切れない。
そして、それを分かっているから、アイナさんがボクのそばにずっと付いていてくれている。
……アイナさんの動きを、ボクが封じてしまっている。
「アイナさん! ボクのことは気にせず敵を――」
ずぱーん!
……三回目の死亡です。
アイナさんがボクのそばを離れた瞬間ボクは死にます。確実に。
「平気。わたしが守るから」
「アイナさん……」
抱きしめていいですか?
とか思っている間にも「ずぱーん!」――ボク、お姫様抱っこされています。……逆がよかったなぁ。
「タマちゃん、みっともないなぁ」
遠くで、キッカさんが余裕の表情で仁王立ちしている。
……狙われてる者の気も知らないで。
「今度あたしが鍛えてあげるよ」
そんな余裕をかましていたキッカさんの頭上に、イカの巨大な足が振りかざされる。
完全に油断しているのか、キッカさんは気付いていない。
イカの足が高速で振り下ろされる――
「キッカさ……っ!?」
ずぱーん! ――と、けたたましい音が響き、キッカさんが…………消えた。
「……え?」
確かに、イカの足はキッカさんに直撃した。
にもかかわらず、キッカさんは余裕の表情を浮かべたまま、イカの足をすり抜け、消えた。
……どうなってるの?
「ふふん。残像ってやつよ」
気が付くと、キッカさんがボクたちの隣にいた。
いつの間に!?
「あいつをあたしが仕留めたら、あたしのご飯は常に大盛りね」
ぽん。と、ボクの肩を叩き、アイナさんに視線を向けた後、キッカさんが……増えた。
「増えましたけど!?」
「……アレも、残像。驚異的な速度で動いている」
えっ、アイナさん、もしかして見えるんですか?
アイナさんも凄まじい速度で移動したりするけれど、出来たりするのだろうか、残像とか。
「あの、アイナさ……」
ボクが言いかけ、アイナさんがこちらを向いた時、遠くの方で「ずずぅーん……!」みたいな地響きが聞こえてきた。
「はーっはっはっはっ!」
振り向くと、巨大なホタルイカが波打ち際に転がっていて、その上でキッカさんが仁王立ちをしていた。両手を腰に当てて、大いに胸を張って。
「どうよ? ちゃんと見てた? あたしの華麗なるスキルを!」
「……あ、ごめんなさい。よそ見してました」
「わたしも」
「あんたらいい加減にしなさいよね!?」
まさか、そんなすぐに倒すとは思ってなかったもので……うっかりうっかり。
とりあえず、ご飯大盛りで許してもらおう。