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13話 アイナさんの好物・下 -1-

「これは、本物のボンゴレではない」


 アイナさんが、どこぞの美食家みたいなことを言い出した。


 みんなで獲ってきたアサリを使って、ボクはボンゴレを作った。

 白ワインを使い、香りにもこだわった。

 見た目も香りもよく、味だって悪くないはずだ。

 正真正銘の自信作。


 なのに、アイナさんは泣きそうな顔をしていた。

 どうやら、アイナさんの好きなボンゴレは、これではないらしい。


「どうせ、どっかのすご~く限定的な味付けじゃなきゃイヤだとか、そんなわがままなんでしょ? コレだって美味しいわよ。文句言わずに食べなさい」


 キッカさんが躾のなっていない子供のような格好で、躾に厳しい母親のようなことを言う。

 あの言動は自己矛盾を生み出したりしないのだろうか?


「あの。お口に合わないようでしたら、別の物を作りますよ?」

「違うっ! ……これは、とても、美味しい。こっそりポケットに忍ばせて、寝る前にもう二口ほど食べたくなるくらいに、とても美味しい」

「……やめてくださいね、ポケットに忍ばせるのは」


 衛生面的に看過出来ない。

 言ってくれればいつでも作りますから。


 それにしても、味が気に入らないのではないとすると……ボンゴレという名前の、もっと違う料理があるのだろうか? ボクが知らないだけで。


 ……どうしよう。

 さすがに知らない料理は作れない…………


「のぅ、お嬢ちゃんや。お嬢ちゃんの言う『ボンゴレ』というのは、どういった食べ物なのか、教えてくれんかぃのぅ? ワシも気になるのじゃ」


 アサリを「あぐあぐ」しながらお師さんが言う。

 食べながらしゃべらない。

 カウンターに乗らない。

 手掴みでアサリを貝からむしり取らない!


「行儀悪いですよ、お師さん」

「いいんじゃ。ワシ、カエルじゃし」


 都合のいい時ばっかりかカエルぶって……


「わたしの知っているボンゴレは、こんな細長いのが入っている物ではない。これは、今日初めて見た料理だ」

「『細長いの』って……パスタくらい知っときなさいよ」

「……ぽすと?」

「あんたさぁ、耳が悪いの? 頭が悪いの? 両方なの?」


 フォークを握りしめて、キッカさんがイライラしている。

 刺さないでくださいね。


「わたしの知っているボンゴレは、きらきらしていて、美味しくて、心がじ~んとする味なのだ」

「どうしましょう、お師さん!? ノーヒントです!」

「んな漠然とした説明じゃ伝わらないわよ。タマちゃんにさえ伝われば、作ってもらえるかもしれないのにさぁ」

「……シェフは、その料理を知っている」

「え?」


 アイナさんが、じっとボクを見つめてくる。

 ボクの目を、絶対の自信を持って。


 その料理を、ボクは知っている――と、いうことを、アイナさんが知っている。

 ボンゴレ…………あっ!?


 ボクはカウンターの中で身を翻し、コンロにかかった鍋の中身をかき混ぜる。

 中のスープは熱々。香りも最高。

 そうか、そういうことか。そうですよね、アイナさんですもんね。


「ね、ねぇ。なんか分かったの、タマちゃん?」

「はい。たぶん、これで正解だと思います」

「ほほぅ、えらい自信じゃのぅ。なら、見せてもらおうかの、ボーヤ」


 鍋の中のスープをお皿によそい、アイナさんの前へと置く。

 あの時と同じように。


「【歩くトラットリア】特製、|コンソメ(・・・・)スープです」


 瞬間、アイナさんの表情がぱっと華やぐ。

 正解だ。


 そうだった。

 アイナさんは、『モノの名前を覚えるのがとにかく苦手』な人なんだった。


「…………美味しい。そう、わたしは、これが好き」


 コンソメスープを口に含み、頬をほころばせる。

 そんな嬉しそうに食べてもらえると、料理人冥利に尽きるというものですよ。


「おかわり、ありますからね」

「……うん」


 コンソメを飲んで幸せそうに微笑むアイナさんを見つめ、ボクもまたこの上もなく幸せな気分になっていた。







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