「これは、本物のボンゴレではない」
アイナさんが、どこぞの美食家みたいなことを言い出した。
みんなで獲ってきたアサリを使って、ボクはボンゴレを作った。
白ワインを使い、香りにもこだわった。
見た目も香りもよく、味だって悪くないはずだ。
正真正銘の自信作。
なのに、アイナさんは泣きそうな顔をしていた。
どうやら、アイナさんの好きなボンゴレは、これではないらしい。
「どうせ、どっかのすご~く限定的な味付けじゃなきゃイヤだとか、そんなわがままなんでしょ? コレだって美味しいわよ。文句言わずに食べなさい」
キッカさんが躾のなっていない子供のような格好で、躾に厳しい母親のようなことを言う。
あの言動は自己矛盾を生み出したりしないのだろうか?
「あの。お口に合わないようでしたら、別の物を作りますよ?」
「違うっ! ……これは、とても、美味しい。こっそりポケットに忍ばせて、寝る前にもう二口ほど食べたくなるくらいに、とても美味しい」
「……やめてくださいね、ポケットに忍ばせるのは」
衛生面的に看過出来ない。
言ってくれればいつでも作りますから。
それにしても、味が気に入らないのではないとすると……ボンゴレという名前の、もっと違う料理があるのだろうか? ボクが知らないだけで。
……どうしよう。
さすがに知らない料理は作れない…………
「のぅ、お嬢ちゃんや。お嬢ちゃんの言う『ボンゴレ』というのは、どういった食べ物なのか、教えてくれんかぃのぅ? ワシも気になるのじゃ」
アサリを「あぐあぐ」しながらお師さんが言う。
食べながらしゃべらない。
カウンターに乗らない。
手掴みでアサリを貝からむしり取らない!
「行儀悪いですよ、お師さん」
「いいんじゃ。ワシ、カエルじゃし」
都合のいい時ばっかりかカエルぶって……
「わたしの知っているボンゴレは、こんな細長いのが入っている物ではない。これは、今日初めて見た料理だ」
「『細長いの』って……パスタくらい知っときなさいよ」
「……ぽすと?」
「あんたさぁ、耳が悪いの? 頭が悪いの? 両方なの?」
フォークを握りしめて、キッカさんがイライラしている。
刺さないでくださいね。
「わたしの知っているボンゴレは、きらきらしていて、美味しくて、心がじ~んとする味なのだ」
「どうしましょう、お師さん!? ノーヒントです!」
「んな漠然とした説明じゃ伝わらないわよ。タマちゃんにさえ伝われば、作ってもらえるかもしれないのにさぁ」
「……シェフは、その料理を知っている」
「え?」
アイナさんが、じっとボクを見つめてくる。
ボクの目を、絶対の自信を持って。
その料理を、ボクは知っている――と、いうことを、アイナさんが知っている。
ボンゴレ…………あっ!?
ボクはカウンターの中で身を翻し、コンロにかかった鍋の中身をかき混ぜる。
中のスープは熱々。香りも最高。
そうか、そういうことか。そうですよね、アイナさんですもんね。
「ね、ねぇ。なんか分かったの、タマちゃん?」
「はい。たぶん、これで正解だと思います」
「ほほぅ、えらい自信じゃのぅ。なら、見せてもらおうかの、ボーヤ」
鍋の中のスープをお皿によそい、アイナさんの前へと置く。
あの時と同じように。
「【歩くトラットリア】特製、|コンソメ(・・・・)スープです」
瞬間、アイナさんの表情がぱっと華やぐ。
正解だ。
そうだった。
アイナさんは、『モノの名前を覚えるのがとにかく苦手』な人なんだった。
「…………美味しい。そう、わたしは、これが好き」
コンソメスープを口に含み、頬をほころばせる。
そんな嬉しそうに食べてもらえると、料理人冥利に尽きるというものですよ。
「おかわり、ありますからね」
「……うん」
コンソメを飲んで幸せそうに微笑むアイナさんを見つめ、ボクもまたこの上もなく幸せな気分になっていた。