「本当の自分……か」
キッカさんがアイナさんをじっと見つめ、そしてボクを見る。
「ふん」
そして、少しだけ照れたような顔でそっぽを向く。
きっとアレは、なんだかんだ言ってアイナさんに構ってもらってる時が楽しいって気付いちゃって、でも認めたくないなぁ、みたいな感情の表れなんだろうな。
素直じゃなさそうだもん、キッカさん。
「本当の……自分」
そう呟いて、アイナさんがボクの方を、ちらりと見る。
そして、にこりと微笑みかけてくれた。
あぁあぁぁあ……可愛い。
今の微笑みは、プロポーズ?
「ねぇ、タマちゃん。あんたの顔、筋肉溶けちゃってんじゃないの?」
なんか、キッカさんがしら~っとした目でボクを見ている。
そんなに締まりのない顔をしているというのだろうか。失敬な。
ボクだって筋肉くらい…………あれ? なんかすごい緩んでる!?
「それはそうと、お客さんを探しましょう」
緩んだ顔筋のリハビリも兼ね、ボクは大きめの声で言う。
ボクたちはお客さんを喜ばせてポイントを集めなければいけないのだ。
アイナさんの部屋を手に入れるために。
ま、まぁ……それまでの間は、仕方がないから、弟子であるボクの部屋での共同生活ということに……まぁ、仕方ないですけどね! お師さんに窮屈な思いをさせるわけにはいかないですし!
「そういえば、部屋ってあたしのもあるの?」
「今はないので、お師さんと相部屋でお願いします」
「…………ねぇ。その発言に何かしらの抵抗とか違和感って覚えない?」
え? 全然。
だってほら、2:2で分かれたらちょうどいいじゃないですか。三人は狭いですしね、さすがに。
「あたしと剣鬼が同じ部屋で、タマちゃんがカエル師匠と同じ部屋になればいいでしょう?」
「えっ、ヤですよ! お師さん、なんかヌメッとしてるし。相部屋とか無理です」
「そのヌメッとしてる相部屋をあたしにさせようとすんなぁ!」
何が不満なのか理解が出来ない。
キッカさんがお師さんの部屋に行けばすべてが丸く収まる気がするのに!?
「女同士、男同士が普通でしょう!?」
それは正論なのだが……キッカさんはアイナさんを狙っていたという前歴がある。
もしアイナさんと二人部屋になんかなったら、寝首を……
ボクの目の届かないところでそんなことになったら、守りきれない!
「で、でもキッカさん。アイナさんと二人っきりになったら、無防備なアイナさんに変なことするでしょう!? 強引に! 衝動的に!」
「あんた、あたしをどんな変質者だと思ってるわけ!?」
「ギラギラした目でアイナさんのこと見てたりしますし!」
「あたしにそんな趣味はなぁーい!」
くっ! キッカさんめ、この期に及んでそんな見え透いた出まかせを!
「キッカ…………困る」
「あんたも困ってんじゃないわよ! しないわよ、なんにも!」
「寝首をかいたりも、ですか?」
「え? ……あぁ、そういうことか」
「な~んだ」と呟いて、キッカさんはネコのように跳ねる髪をガシガシとかく。
「しないわよ。剣鬼とは、正々堂々戦って勝ちたいから」
少し照れくさそうにしながらも、キッカさんの目は嘘を言っている人の目ではなかった。
「誓うわよ。剣鬼の寝首をかくような真似はしない」
「乳首は掻くかもしれんがのぅ」
「するわけないでしょ、このエロカエル!」
「キッカ…………困る」
「だからしないっつってんでしょう!? 無言で距離を取るな、剣鬼!」
ばんばんとカウンターを叩くキッカさん。
まぁ、アイナさんに危害が及ばないなら……いい、かな?
ボクとの相部屋は、なくなってしまうけれど…………
「じゃーキッカさんの言う通りにしましょーかー」
「すっごいふてくされてるわね、タマちゃん!? そんなに!? そんなに剣鬼と相部屋がよかった!?」
「なっ!? ななななっ、なにをおバカなことを!? ボクはただ、お師さんとの相部屋が心底、徹底的に、完膚なきまでに嫌なだけで!」
「ボーヤよ。おぬしの師匠がここで心を痛めておるぞぃ」
「だからボクは、別にアイナさんとの相部屋なんて…………」
懸命に言い訳をしながらも、気になって気になって、アイナさんの表情を窺う。
少し驚いたような、照れたような、キョトンとしたような、ぽや~っとしたような顔をしている。
あぁーっ! 相部屋したいっ!
「……しくしくしくしく」
「泣くなぁー! うっとうしい!」
なぜだろう。涙が止まらない。
「まったく、なんなのあの男は。ホントにもう!」
「シェフ……それほどまでに、お師さんとの相部屋が嫌なのだな」
「いや、そうじゃないでしょ、どう考えても」
「え?」
「え、……マジなの、あんた?」
「まじ?」
「はぁ……もういい。……タマちゃん、苦労しそうね、これじゃ」
なぜか、キッカさんがボクの肩をぽんぽんと叩いてくれた。
慰めてくれているようだ。
割といい人なんだよね、キッカさんって。割と。たまに。
口悪いけど。
「あぁ、そうじゃったそうじゃった」
アサリの貝殻を枕のようにして寛ぎ、お師さんが長い指をくるくると回す。
……また食べたんですかアサリ。
「部屋じゃがの。増やしておいたのじゃ」
「え!?」
でも、ポイントが貯まらないと……
「ポイント残高を見てみたら、物凄く貯まっておってのぅ。おそらく、誰かがこの店の中で物凄ぉ~~~~く、幸せな気持ちになったんじゃろうのぅ」
言われて、途端に顔が熱くなる。
この店の中で物凄く幸せになった者……それは、ボクかもしれない。
お客さんでなくても、ポイントが貯まるのかは、知らないけれど。
ふと見ると、アイナさんが俯いて忙しなく前髪を弄っていた。
「そういうわけじゃから、お嬢ちゃんと太ももちゃんが一緒に、新しい部屋を使えばいいのじゃ」
そんなわけで、アイナさんとキッカさんの部屋が、この【歩くトラットリア】に増設された。
ついでに言うと、「誰が太ももちゃんだ!?」って、お師さんがアサリの貝殻で「ぎゅー!」ってされていた。けどまぁ、それはいいや。