「剣鬼ぃー!」
早朝。
アイナさんたちの部屋から、キッカさんの叫びが轟く。
「なんなの!? マジなんなの、あいつ!?」
足音荒く、鼻息荒く、キッカさんが食堂ホールへ出てきてカウンター席に腰掛ける。
頬杖を突くキッカさんのヒジ付近にお水を一杯置くと、乱暴にコップを取ってぐいっと飲み干した。
タンッ!
と、小気味よい音を立ててコップがカウンターに叩きつけられる。
「あの、キッカさん」
「なに?」
「もしかしてキッカさんって、毎朝同じくらいの時間に同じように鳴くんですか?」
「あたしはニワトリか!? いいから聞きなさいよ、あり得ないんだから!」
こちらに体を向け、身を乗り出して、キッカさんはつい先程起こった出来事を怒りながら語り始めた。
「あいつ、あたしのことぎゅぅ~~~~って抱きしめながら寝てたんだよ!?」
いいなぁ!
「『いいなぁ!』みたいな顔しない!」
バン! ――と、カウンターが叩かれる。
なんでボクの心が読めるんだろうか……これがスキルマの能力?
「誰がぴーさんか!?」
あ、またぴーさんと間違えたんだ。
本当に好きだったんだなぁ、ぴーさん。
これは代わりになる物を探さないといけないかもしれないな。
「でもまぁ、女性同士ですし。そんないうほど問題はないのでは?」
「問題あるわよ! 女同士でべたべたするなんてあり得ないから」
「えっ!? 一緒にお風呂に入っておっぱいの揉み合いっことかしないんですか!?」
「するかぁ! どこで得た知識よ!?」
得たのは、お師さんの秘蔵コレクションの中からですが……そうか、しないんだ。
………………………………しないのかぁ。
「……なんでそんな『この世の終わりだ』みたいな顔してんのよ」
だって……あんなにも美しい『女の子同士の戯れ』がフィクションだったなんて……
「じゃあもし、タマちゃんがお師さんに壁ドンされて、『緊張してんのか? 可愛いな、お前』とか言われたらどうよ?」
「唐揚げにします」
「怖っ!? めっちゃ笑顔で怖いこと言ってるわよ、タマちゃん!?」
えぇ……そんなのと同じくらいにあり得ないことなんですか…………いや、待てよ。
「キッカさんだから、揉み『合い』が出来ないだけなんじゃ……」
「言いたいことがあるなら拳で聞くけど? 語り合う?」
おっといけない……心の声がつい口から漏れて。
ここは話題をそらしておこう。
「でも、悪気があったわけじゃないんですし、そんなに怒らなくても」
「抱きつかれただけじゃないの!」
「ま、まさかっ、そんな破廉恥なことまで!?」
「どんな破廉恥なこと想像してるのか知らないけど、違うから! ないから! 真っ赤な顔して向こうを向くな! こっち向け!」
カウンターをバンバン叩いて吠える吠える。
キッカさんは朝から元気だなぁ。
「抱きしめたことは、まぁ、許したのよ。剣鬼も謝ってたし」
「じゃあ何をそんなに怒ってるんですか?」
「その後の剣鬼の言い訳よ! あいつなんて言ったと思う?」
「『そう、わたしは、これが好き』」
「それ、コンソメ食べた後の剣鬼のセリフだよね!? 昨日一晩、ずっとその言葉がリフレインしてたの、あんた!?」
アイナさんの声が頭の中をくるくる回って、昨日は全然眠れなかった。
幸せな一時だったなぁ……
「アイナさん、いい人ですよね」
「ろくでもないって話を、今、あたしがしてんの! いいから聞きなさいよ!」
何が気に入らないのか、キッカさんは眉をつり上げて言う。
「あいつ、言うに事欠いて、『ごめん、小さかったから、つい』とか言ったのよ!?」
小さい……
確かに、キッカさんは小さい。
小柄だし、華奢だし、ぺったんこだし。
「確かに小さいですよね」
「どこ見て言ったか言ってみて? 直後に人生終了させてあげるから」
違うんです、キッカさん。
ボクは別にキッカさんの胸を見ていたのではなく、対極にあるフラットな胸を見ることでアイナさんの偉大さ、雄大さを改めて認識していたところなんです。
アイナさん……パネェな。
「分かりました。キッカさんのお話を聞いて、いろいろ理解した上で、客観的な意見を述べさせてもらいますね」
「うん」
「いいなぁ!」
「あたしのここまでの時間を返せ!」
カウンターに背を預け、完全に向こうを向いてしまった。
拗ねちゃったなぁ。
こんなに羨望の眼差しで見ているというのに。