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14話 アイナさんの必需品・上 -2-

 ん……でも待てよ。

 アイナさんが一晩中キッカさんを抱きしめていたということは……


「今ボクがキッカさんを抱きしめれば、間接ハグに!?」

「その前に、あたしを抱きしめるってことへの恥じらいとか、ときめきとか、ないわけ!?」

「え…………なぜ?」

「……あんた、ホントいい度胸してるわよね?」


 イライラするのはお腹がすいているからかもしれない。

 温かいスープを出してあげよう。


「キッカさん。これを飲んでください」


 お皿に、温かいコンソメスープを入れてカウンターへ置く。


「アイナさんスープです」

「名前を変えるな!」


 有名人が「おいしい」とか言うと、その人の名前を取って料理名にしたりするんですよ。『○○スペシャル』とか。

 お客さんにもウケるし。


「……おはよう」


 騒がしいキッカさんとは違い、アイナさんが優雅な足取りでホールへとやって来る。


「何をぬぼーっと歩いてんのよ、シャキッとしなさいよ、シャキッと!」

「……しゃき」

「言っただけじゃん!?」

「…………しゃけ」

「言えてすらいない!?」

「………………にょき」

「なに生やした!?」


 朝から仲いいなぁ。やっぱり、同じ部屋で寝ると親密になるのかな?

 ……なら、揉み合いっこも夢ではない、かも。


「キッカさん。お肉とか野菜とか、とにかくいっぱい食べて、まずは育ちましょう!」

「本気で刺すわよ? 今回のは割とマジめに」


 真っ黒い刃のナイフをちらつかせるキッカさん。

 ……食堂内、刃物禁止にしようかな?

 あ、それじゃあ包丁が使えなくなる。ダメか……


「シェフ……」


 そっとボクに近付き唇を寄せてくる。

 まっ!? ま、ま、ま、ま、まさかっ、ま、ま、ま、ま、マウスとぅマウ……っ!?


「耳だよ、耳! タマちゃんなんで正面向こうとしてんの!?」


 あっ!?

 あぁー、そっちかー!


「つか、あんたら二人で内緒話とか不可能なんだから、大きな声で言いなさいよ、剣鬼」

「じゃあ…………キッカは、何を怒ってるのだろうか?」

「無自覚か!?」


 怒鳴られて、アイナさんが肩をすくめる。

 わぁ、かわいい。

 よしよし、こわくないよ~ってしてあげたい。


「人は、羨む生き物じゃてなぁ」

「あ、お師さん。おはようございます」

「うむ。おはよう。ボーヤ、カフェカプチーノを一つ」

「番茶でいいですかね?」

「ん~ん~! かふぇかぷち~のぉ~!」


 カエルの駄々っ子を見せられても可愛くもなんともないのですが……

 仕方がないので、『カフェカプチーノ』と書かれた湯飲みに番茶を入れて出しておいた。


「じゅぞぞ…………ん~、ほろ苦いのじゃ」

「お師さんさぁ、それでいいわけ?」

「満足じゃあ」

「ま、いいならいいけどさ」


 キッカさんは、カウンターにヒジを突きながら隣に座るお師さんを見下ろしている。

 反対隣にはアイナさんで、目の前にボク。……あれ? いつの間にかキッカさんがこの店の中心にいる!?


 カリスマ、かなぁ?


「それで、お師さん。教えてほしい」


 キッカさん越しに、アイナさんがお師さんに真剣な眼差しを向ける。

 ……割り込みたい、その視線の先に。


「キッカが、何を怒っているのかを」

「お嬢ちゃんは太ももちゃんを抱きしめて寝ておったのじゃろ?」

「うむ。不本意ながら」

「不本意はこっちのセリフよ!」

「そしたら、ほれ、ぎゅむ~っと、当たる物があるじゃろう?」

「あたる、もの?」


 お師さんの言うことが分からない様子で、アイナさんが首を傾げる。

 若干、キッカさんがイライラ度を増幅させる。


「ほれ、お嬢ちゃんには有り余っておる物じゃ」

「わたしに……有り余る…………むむむ」

「太ももちゃんにはないものじゃ」

「あぁ、胸か!」

「よし剣鬼、表出ろ!」


 ヒントを得て正解を導き出したアイナさんに、キッカさんが食ってかかる。

 いやでもほら、キッカさん。ヒントって、徐々に分かりやすくなる物ですし。最後のヒントまで聞いたら誰でも分かることですし。


「格差に……怒っておるのじゃろう」

「すまない、キッカ……キッカのことも考えずに成長してしまって……」

「考えていただかなくて結構よ!」


 渾身の一撃がカウンターを揺らす。

 そろそろカウンターが破壊されるんじゃないだろうか?

 補強しなければ。


「別に気にしてないし」

「すみません、キッカさん。今、ウチの店にはハリセンボン置いてないんですよ」

「嘘って決めつけるな! で、そっちのハリセンボンじゃないから、飲むの! っていうか飲まないから! の、前に嘘じゃないから!」


 怒りの矛先がボクに向いた。

 しかし、キッカさんは毎日こんなに怒って疲れないのだろうか?

 物凄くエネルギーを消費しているように思えるのだけど…………あぁ、だから栄養が行き届かなくて……


「タマちゃん、今考えたこと声に出して言ってみて? 言った瞬間刺すけども」


 うぅむ。刃物禁止令、真剣に考えなければいけないかもしれない。


「確かに、剣鬼のは、……ちょっとデカいけど」

「そんなことはない。キッカが小さいだけだ」

「ケンカ売ってんのか、剣鬼!」

「そうですよ、アイナさん。小さいんじゃなくて、無いんですよ」

「あるわ! ちゃんとあるから!」

「ん~……ワシももう歳なのかのぅ、目が……」

「悪かったな、見えにくい乳で!」


 くるりと一回転して全員にツッコミを入れるキッカさん。

 なんだろう、すごく楽しそうだな、キッカさん。生き生きしている。


「っていうかさ、そんないうほどでもないっての! ほ、ほんの数倍違うだけじゃない!」

「AAAAカップで、よく言えるのぅ」

「なぜサイズを知っている!?」

「見れば分かるのじゃ」

「分かんないでしょう、普通!?」

「あはは、キッカさん。お師さんが普通なわけないじゃないですか」

「笑い事か!?」

「キッカ、なんだかいっぱいAが付いていて強そう!」

「強さ関係ないのよね、これ!」

「AAAAって、どれくらいなんですか、お師さん?」

「トップとアンダーの差が2.5センチじゃ」

「えっと……ちなみに、Gは?」

「25センチじゃ」

「十倍じゃないですか!?」

「やかましいぞ、そこの師弟!?」


 カウンターを乗り越え、手に持ったお師さんでボクをぽかぽかぬめぬめ叩いてくる。

 や、やめてください、不衛生ですから!? ぬめる! ぬめってますから!


「とにかく! 金輪際あたしを抱いて寝ないように! いいわね、剣鬼!」


 人差し指を突きつけて、ビシッとバシッと言い放つキッカさん。

 言われたアイナさんは少しだけ寂しそうな表情をした後、視線をそらして唇を尖らせた。


「………………むー」

「なんの音よ!? 不満なの!? 了解したの!? 悲しいの!? 何を表現してるの、その『むー』は!?」


 キッカさん、物凄く面倒見のいい人なんだろうな、きっと。







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