ん……でも待てよ。
アイナさんが一晩中キッカさんを抱きしめていたということは……
「今ボクがキッカさんを抱きしめれば、間接ハグに!?」
「その前に、あたしを抱きしめるってことへの恥じらいとか、ときめきとか、ないわけ!?」
「え…………なぜ?」
「……あんた、ホントいい度胸してるわよね?」
イライラするのはお腹がすいているからかもしれない。
温かいスープを出してあげよう。
「キッカさん。これを飲んでください」
お皿に、温かいコンソメスープを入れてカウンターへ置く。
「アイナさんスープです」
「名前を変えるな!」
有名人が「おいしい」とか言うと、その人の名前を取って料理名にしたりするんですよ。『○○スペシャル』とか。
お客さんにもウケるし。
「……おはよう」
騒がしいキッカさんとは違い、アイナさんが優雅な足取りでホールへとやって来る。
「何をぬぼーっと歩いてんのよ、シャキッとしなさいよ、シャキッと!」
「……しゃき」
「言っただけじゃん!?」
「…………しゃけ」
「言えてすらいない!?」
「………………にょき」
「なに生やした!?」
朝から仲いいなぁ。やっぱり、同じ部屋で寝ると親密になるのかな?
……なら、揉み合いっこも夢ではない、かも。
「キッカさん。お肉とか野菜とか、とにかくいっぱい食べて、まずは育ちましょう!」
「本気で刺すわよ? 今回のは割とマジめに」
真っ黒い刃のナイフをちらつかせるキッカさん。
……食堂内、刃物禁止にしようかな?
あ、それじゃあ包丁が使えなくなる。ダメか……
「シェフ……」
そっとボクに近付き唇を寄せてくる。
まっ!? ま、ま、ま、ま、まさかっ、ま、ま、ま、ま、マウスとぅマウ……っ!?
「耳だよ、耳! タマちゃんなんで正面向こうとしてんの!?」
あっ!?
あぁー、そっちかー!
「つか、あんたら二人で内緒話とか不可能なんだから、大きな声で言いなさいよ、剣鬼」
「じゃあ…………キッカは、何を怒ってるのだろうか?」
「無自覚か!?」
怒鳴られて、アイナさんが肩をすくめる。
わぁ、かわいい。
よしよし、こわくないよ~ってしてあげたい。
「人は、羨む生き物じゃてなぁ」
「あ、お師さん。おはようございます」
「うむ。おはよう。ボーヤ、カフェカプチーノを一つ」
「番茶でいいですかね?」
「ん~ん~! かふぇかぷち~のぉ~!」
カエルの駄々っ子を見せられても可愛くもなんともないのですが……
仕方がないので、『カフェカプチーノ』と書かれた湯飲みに番茶を入れて出しておいた。
「じゅぞぞ…………ん~、ほろ苦いのじゃ」
「お師さんさぁ、それでいいわけ?」
「満足じゃあ」
「ま、いいならいいけどさ」
キッカさんは、カウンターにヒジを突きながら隣に座るお師さんを見下ろしている。
反対隣にはアイナさんで、目の前にボク。……あれ? いつの間にかキッカさんがこの店の中心にいる!?
カリスマ、かなぁ?
「それで、お師さん。教えてほしい」
キッカさん越しに、アイナさんがお師さんに真剣な眼差しを向ける。
……割り込みたい、その視線の先に。
「キッカが、何を怒っているのかを」
「お嬢ちゃんは太ももちゃんを抱きしめて寝ておったのじゃろ?」
「うむ。不本意ながら」
「不本意はこっちのセリフよ!」
「そしたら、ほれ、ぎゅむ~っと、当たる物があるじゃろう?」
「あたる、もの?」
お師さんの言うことが分からない様子で、アイナさんが首を傾げる。
若干、キッカさんがイライラ度を増幅させる。
「ほれ、お嬢ちゃんには有り余っておる物じゃ」
「わたしに……有り余る…………むむむ」
「太ももちゃんにはないものじゃ」
「あぁ、胸か!」
「よし剣鬼、表出ろ!」
ヒントを得て正解を導き出したアイナさんに、キッカさんが食ってかかる。
いやでもほら、キッカさん。ヒントって、徐々に分かりやすくなる物ですし。最後のヒントまで聞いたら誰でも分かることですし。
「格差に……怒っておるのじゃろう」
「すまない、キッカ……キッカのことも考えずに成長してしまって……」
「考えていただかなくて結構よ!」
渾身の一撃がカウンターを揺らす。
そろそろカウンターが破壊されるんじゃないだろうか?
補強しなければ。
「別に気にしてないし」
「すみません、キッカさん。今、ウチの店にはハリセンボン置いてないんですよ」
「嘘って決めつけるな! で、そっちのハリセンボンじゃないから、飲むの! っていうか飲まないから! の、前に嘘じゃないから!」
怒りの矛先がボクに向いた。
しかし、キッカさんは毎日こんなに怒って疲れないのだろうか?
物凄くエネルギーを消費しているように思えるのだけど…………あぁ、だから栄養が行き届かなくて……
「タマちゃん、今考えたこと声に出して言ってみて? 言った瞬間刺すけども」
うぅむ。刃物禁止令、真剣に考えなければいけないかもしれない。
「確かに、剣鬼のは、……ちょっとデカいけど」
「そんなことはない。キッカが小さいだけだ」
「ケンカ売ってんのか、剣鬼!」
「そうですよ、アイナさん。小さいんじゃなくて、無いんですよ」
「あるわ! ちゃんとあるから!」
「ん~……ワシももう歳なのかのぅ、目が……」
「悪かったな、見えにくい乳で!」
くるりと一回転して全員にツッコミを入れるキッカさん。
なんだろう、すごく楽しそうだな、キッカさん。生き生きしている。
「っていうかさ、そんないうほどでもないっての! ほ、ほんの数倍違うだけじゃない!」
「AAAAカップで、よく言えるのぅ」
「なぜサイズを知っている!?」
「見れば分かるのじゃ」
「分かんないでしょう、普通!?」
「あはは、キッカさん。お師さんが普通なわけないじゃないですか」
「笑い事か!?」
「キッカ、なんだかいっぱいAが付いていて強そう!」
「強さ関係ないのよね、これ!」
「AAAAって、どれくらいなんですか、お師さん?」
「トップとアンダーの差が2.5センチじゃ」
「えっと……ちなみに、Gは?」
「25センチじゃ」
「十倍じゃないですか!?」
「やかましいぞ、そこの師弟!?」
カウンターを乗り越え、手に持ったお師さんでボクをぽかぽかぬめぬめ叩いてくる。
や、やめてください、不衛生ですから!? ぬめる! ぬめってますから!
「とにかく! 金輪際あたしを抱いて寝ないように! いいわね、剣鬼!」
人差し指を突きつけて、ビシッとバシッと言い放つキッカさん。
言われたアイナさんは少しだけ寂しそうな表情をした後、視線をそらして唇を尖らせた。
「………………むー」
「なんの音よ!? 不満なの!? 了解したの!? 悲しいの!? 何を表現してるの、その『むー』は!?」
キッカさん、物凄く面倒見のいい人なんだろうな、きっと。