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14話 アイナさんの必需品・上 -3-

「っていうかさぁ」


 不機嫌そうな表情のまま、キッカさんはアイナさんの胸元をガン見する。

 あ、じゃあボクも。…………あはは、やだなぁ、冗談ですよ。だからそんなに睨まないでください、キッカさん。視線が痛いです。


「剣鬼って、なんでずっとノーブラなの?」

「「マジですか!?」」

「やかましい、バカ師弟! 眼球をくし切りにするわよ!?」


 酷い……人の目を、そんな、レモンみたいに……


「それって、鎧を着るためにわざとやってるの?」

「いや、そういうわけでは……」

「なんにしても、客商売で人前に出るならちゃんとしなさいよね、女子として」


 小さいキッカさんが大きなアイナさんを指導している。

 あ、胸の話ではなく。


「うるさい!」

「何も言ってないのに!?」

「顔がうるさい!」

「それは酷いですよ、キッカさん!?」


 顔はどうしようにもないじゃないですか。


「…………上は、高いから」

「え?」


 不意に漏れ出たアイナさんの言葉に、ふと、前回の買い物の時の会話が思い出される。




 ★★★★★



『では、とりあえず。アレ分のお金です』

『あ、……ありがとう。買ってくる』


 ☆☆その後☆☆


『大丈夫。結構悩んだけれど、予算内でちゃんと五枚買えた』

『パンツの話してます、今!?』



 ★★★★★




 はっ!?

 パンツのお金しか渡してない!


「ア、アイナさん、それならそうと言ってくれれば、お金渡しましたのに!」

「で、でも…………」

「まぁ、『ブラジャー買うお金ちょうだい』とは、言いにくいかもしれんのぅ」

「…………(こくり)」


 はぅ!?

 お師さんのフォローにアイナさんが頷いた。

 っていうか、お師さんが「パンツ五枚」って言うから、ボクはそれが必要なんだと……!


「つか、普通気付くよね?」

「き、気付きませんよ! だってボク、付けませんし!」

「気の利かない男ねぇ……モテないよ?」


 どぅっ!

 ………………そ、そりゃ、生まれてこの方モテたことなんかないですけど……未来の可能性までもを否定するような辛辣な言葉を…………


「ボ、ボク、買ってきます!」

「即逮捕ね」

「『どうしても必要な物なんです!』ってお店の人を説得します!」

「裁判なしで極刑ね」


 どーしろっていうんですかー!?


「あ、あの、アイナさん……もう一度、買い物に行きましょうか?」

「……う、うむ…………」


 俯いて前髪をいじっているアイナさん。

 今どんな顔をしているんでしょうか?

 怒ってますか? 呆れてますか? 虫けらを見るような目でボクを見ますか!?


「でも、わたしは、そういうのはよく分からないから……お店に行っても、何を選んでいいか……」

「今までどうしてたのよ?」

「……ダンジョンの宝箱で」

「どんなダンジョン潜ってたのよ、あんた!?」




【天使のブラジャー】

 神々の祝福により、A~Jまでどんなカップにもジャストフィットする魔法のブラジャー。




 みたいな物を使っていたんですか!?


「う~む。そうじゃとすると、困ったのぅ」

「ですねぇ……」


 腕組みするお師さんを皮切りに、この場にいる全員を順番に見ていく。

 アイナさんが詳しくないとなると……


「ここにいる全員が詳しくないことになりますね」

「って、こら」


 なぜか、キッカさんが殺気を放っている。

 ほわい?


「あたし、超詳しいから」

「そんな、お師さんと同じベクトルの知識ではなくてですね」

「誰がエロ目線で詳しいって言ってんのよ!?」

「ほっほっほっ。ワシはエロ目線で詳しいこと前提じゃのぅ」


 え、でも、だって……


「キッカさん使ったことないでぶしょるべばべるっ!」


 一体、自分が何をされたのかは分からなかった。

 けれどボクは悟った。

 キッカさんは……強いっ。


 気が付くと、ボクは床に倒れ込んでいた。


「……酷いです、キッカさん…………しくしく」

「自分の言動を省みてみろ!」


 ボクとお師さんに「待機!」ときつく言いつけ、キッカさんがアイナさんの腕を引いて出口へと近付いていく。


「あ、お金渡しますよ!」


 前回お師さんにもらったお小遣いはまだまだ残っていた。

 他に入り用な物があれば随時買い足そうと取っておいたのだ。


「いくつくらい必要ですかね?」

「まぁ、五枚くらいあれば当分大丈夫でしょう」

「じゃあ、五枚分のお金を……」


 キッカさんが、無言で拳を握る。


「……すみません。十枚分です……二人分で」


 キッカさんが指定した金額を手渡し、心持ちぷるぷる震えながら見送った。

 キッカさんに腕を引かれるようにしてアイナさんも店を出ていった。

 仲良しだなぁ、あの二人。


「というか、随分高いんですね。びっくりしました」

「そうじゃのぅ。ワシのフンドシ二枚分じゃな」

「………………そこそこいいフンドシ穿いてるんですね」


 ボクの下着だったら六枚は買えますよ。


「ところで、今【ドア】はどこにいるんでしょうか?」

「ちょっと南に進んだようじゃの。さっきとは別の街におるようじゃぞ」


 アイナさんたち、迷子にならなければいいけど。


「ボーヤも街を見てきてええぞぃ」

「いえ、ボクは別に……」


 言いかけて、言葉を止める。


「……やっぱり、ちょっと見てきます」


 エプロンをたたんで、厨房に置く。

 お師さんに留守番を頼んで、ボクも街へと繰り出す。


 見つかるかどうか分からないけれど、出来れば欲しいなという物を探しに。






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