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15話 アイナさんの必需品・下 -1-

【歩くトラットリア】へは、アイナさんたちの方が先に戻っていた。

 ちょっとゆっくりし過ぎたかもしれない。


「ねぇ、ちょっと。コレ、どういうことなの?」


 帰るなり、キッカさんに捕まった。

 はて、『コレ』とは?


「なんでアガレアの町にいるのよ? この店、ソーマの街にあったんじゃないの!?」


 街が変わっていることを言っているらしい。

 そういえば、ちゃんと説明していなかった。


「歩いて移動したんですよ」

「いつよ!?」

「寝ている間……とか?」

「ん? …………えっと、誰が歩いたって?」

「【ドア】です」

「…………」

「もっと分かりやすく言うと、このお店がです」

「ごめん。全然分かんない」


 やっぱり、言葉じゃうまく説明出来ない。

 百聞は一見にしかずかな。


「それじゃあ、実際見てみますか」

「うむ。『百分は一分で過ぎる』というしな」

「百分は百分じゃよ、お嬢ちゃん」

「あんたは無理して難しい言葉使うな」

「はぅ……」

「あ、で、でも惜しかったですよ、アイナさん! 気持ちの問題で百分が一分くらいに感じることもありますし!」


 アイナさんをフォローしたら、キッカさんに鼻を摘ままれた。

「甘やかすな」と、サイレントで唇が動いていた。

 躾に厳しい……自分はいろいろ行儀悪いのに。


 解放された鼻をこすりながら、一度みんなで外に出る。

 お師さんは中に残ってもらって……迷子になりそうなので……【ドア】を閉めて、ぽんぽんと【ドア】を叩く。

 と――



 にょきっ!

 てぃん……ぽぃん……てぃん……ぽぃん……



「なっ、なにアレ!?」

「【ドア】ですよ」

「脚生えてるけど!?」

「生えるんです」

「歩いてるわよ!?」

「【歩くトラットリア】ですから」

「~~~もうっ! なんなのよ、アレ!?」

「【ドア】ですってば」


 ボクの説明がお気に召さないのか、「むぁああ!」と髪を掻き毟るキッカさん。

 肩を大きく揺らして、荒々しい深呼吸を繰り返す。


「おーけーぃ……まるっきり理解出来ないけど、把握はしたわ。要するに、どこまでも非常識なお店なわけね、ここは」

「女神様に授けられた魔法なんです」

「女神様に?」

「先代のオーナーが、少し特殊な人でして」

「……現オーナーも特殊過ぎるじゃない」

「あはは。反論の余地がありませんね」


 納得してもらえたところで、歩き出した【ドア】を開け、中へと飛び込む。……あぁあぁあ、揺れるぅうぅう!

 ちなみに。

 どこかに吸いついていない状態の【ドア】は、ボク以外には開けることは出来ない。

 これは、きちんと従業員と認められている者の特権なのだ。


 なので、町中で歩き回っている【ドア】を見かけても、きっと開けることは出来ないだろう。


 ちなみに、お師さんは小さ過ぎて歩いている時の【ドア】のノブに手が届かないので開けられない。


「ドア閉めると揺れないのね」

「はい。空間が遮断されるんです」

「ん、よく分かんないけど。まぁいいわ」


 興味を失ったかのように、キッカさんがカウンター席へと歩いていく。

 カウンター前の座席には二つの紙袋がぽんぽ~んと置かれていた。


 大と小。


「あの、これは……大きいつづらと小さいつづら的な?」

「はぁ、何よそれ?」

「お師さんの部屋の書架に置いてあった物語なんですけど、物語の中では、欲をかかずに小さい方の荷物を受け取ると幸せになるんですが…………ボクはあえて大きい方が欲しいです!」

「うるさいなぁ! 同じ五枚ずつなのに袋のサイズに差が出たのよ! ほっときなさいよ!」


 大きい方がアイナさんのだ。

 なら、大きい方がアタリだ!


「それでボーヤよ」


 どこから取り出したのか、水飴をぺろぺろ舐めながらお師さんがカウンターでくつろいでいる。

 先の丸くなった指をふらふら揺らしてボクを呼んでいる。


「欲しい物は見つかったんかぃの? 随分と時間が掛かっておったようじゃが」

「あぁ、すみません。ちょっと悩んでしまいまして」


 いいなと思う物はあったのだけど、もしかしたら趣味に合わないかなとか思ってみたり。

 出来るなら、本人に選んでもらった方が確実なんだろうなとは思いつつも、結構入り組んだ路地の先にあった店だけに、もう一往復するのは躊躇われた。

 それに、【歩くトラットリア】の性質上、この街に再び訪れる確率は限りなく低い。

 訪れることがあったとしても、何年も先になるかもしれない。


 一期一会。


 お師さんに教えられたその言葉を信じ、結局ボクは、ボクがいいと思った物を購入してきた。


「あの、アイナさん」


 買ってきた、ちょっと大きめの布袋をアイナさんへと差し出す。


「プレゼントです。もらってください」

「……え?」

「えっと……ウチで働くことになったお祝い、と言いますか……これからよろしく、的な?」

「…………もらって、いい、の?」

「はい。アイナさんにって思って買った物ですから」


 微かに震える手で、アイナさんがおそるおそる布袋に触れる。

 よわ~い力で布を掴み……というか、むしろ『撫でる』くらいの感じで……そっと抱えるように受け取る。

 あぁ、よかった。受け取ってくれた。


「あ、あの、開けてみても……いい、だろうか?」

「はい」


 たどたどしく、結ばれたリボンをほどき、壊れ物を扱うように袋の口を開く。

 近くにあったテーブルに袋を置き、両手でそっと中の物を取り出す。


「………………あっ」


 中から出てきたのは、全長60センチ程の黒い羊のぬいぐるみ。

 先代オーナーのいた国では、羊を数えるとよく眠れるという言い伝えがあったそうで、アイナさんに安眠してほしいという願いを込めてコレにしてみた。


「………………可愛い」


 アイナさんの頬に薄い紅色が広がる。

 あぁ、よかった。

 買いに行ってよかった。

 あれにしてよかった。


 もしかしたら、もっともっと大喜びしてくれるぬいぐるみが他にあったかもしれないけれど、ボクは、今の、あの笑顔を見られたことを心の底から幸せだと思った。

 あれ以上でも以下でもなく、今のあの笑顔を。






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