「…………シェフに、似ている」
「へ?」
アイナさんがぬいぐるみを見て呟く。
似てる……かな?
ボク、羊っぽい、ですかね?
「あぁ~、確かに。なんとなくねぇ」
ぬいぐるみを覗き込んだキッカさんもそんなことを言う。
そして、羊のもふもふした毛を指先で揉むように撫でる。
「黒髪で、のぺーっとした間抜け面なところとか、そっくり」
……むっ。
どうせのぺーっとしてますよ。
ハンサムとか男前とか益荒男とか言われない顔ですよーだ。
「シェフ……」
呟いてから、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめるアイナさん。
おぉうっ!
い、今っ、今なんか、自分が抱きしめられたような、そんな錯覚が……!
「ありがとう……、すごく嬉しいっ」
真っ直ぐな気持ちが、ボクの胸に突き刺さり、そこから温かさが広がっていく。
よかった。喜んでもらえて。
「わたしはこの子を、生涯を賭して大切にするっ」
「大袈裟なのよ、あんたは……」
「家宝にする」
「子孫ががっかりするようなこと、やめてあげなさいよね!?」
とにかく、喜んでもらえた――そのことが嬉しくて…………なんだかボクの口から魂がダダ漏れになっている気がする。もうすぐ召されそう。でもいいや、今幸せだし……
「お~い、ボーヤ。帰ってくるのじゃ。そんなユニークな死に顔は遠慮してほしいのじゃ」
お師さんの言葉で、なんとか現世に踏みとどまる。
危なかった。
美しいお花畑で、見ず知らずのご老人たちが手招きしていた。きっとどこかの街の老人会の皆様だ。
アイナさんは、いつもの鋭い目を細めていて、少し嬉しそうに見えた。
……ボクの希望的観測を多分に含んでいる可能性はあるけれど。
近くにあった椅子に腰掛け、そろえたヒザの上にぬいぐるみを置き、向かい合わせでじっと見つめる。
ぬいぐるみの両手を握って上下に揺らしてみたり、脇に手を入れてぺこりとお辞儀させたり、そんなこんなを一通りやった後、じぃ~っと顔を見つめて心で何かを語りかけている様子だった。
なんですか、アレ?
めっちゃ可愛いんですけど!?
持って帰っていいですか!?
ここがボクの家ですけれど!
「で、タ・マ・ちゃ~ん?」
アイナさんの挙動を見つめていたボクの首筋に、白く長い指が這い寄ってくる。
ぞくぞくぞくーっと、した。
キッカさん……なんのつもりですか? ちょっとドキドキするじゃないですか。
「剣鬼のアレが、『ウチで働くことになったお祝い』で『これからよろしく』的なものなんだったら、同じ条件のあたしにも、何か贈り物があるはずよねぇ?」
催促だった。
物凄い笑顔だ。不思議と、目の奥は笑っていないけれど。
「……まぁ、タマちゃんなら、剣鬼のことで頭いっぱいで、あたしにまで気が回ってなかったんだろうけど」
首筋でもぞもぞしていた白い指がそろえられ、ボクのおデコをペしりと叩く。
あぅ……痛い。
「次からは、そういう贔屓は控えめにしてくれると嬉しいわ」
「あ、いえ。ありますよ」
「……え?」
背中を向けて肩をすくめていたキッカさんが、驚いた顔でこちらを振り返る。
いや、用意してありますよ。もちろん。
「キッカさんも、ウチで働いてくださるわけですし、当然用意してありますよ」
「え……いや、でも…………えっ?」
本気で驚いている。
というか狼狽している。
そんなにボクがケチに見えていたのだろうか?
「だって、剣鬼にだけあげとけば、あたしなんかどうだっていいわけだし……」
「どうだっていいわけないじゃないですか。キッカさんも大切な仲間ですから」
「…………大切……」
あぁ、そうか。
プレゼントを手に持っていないから無いと思われたのか。
アイナさんのぬいぐるみは結構大きかったけれど、キッカさんのは小さかったのでカバンにしまっていたのだ。
斜めがけにしたショルダーバッグから、綺麗にラッピングしてもらった贈り物を取り出す。
「はい。キッカさんにはこれです」
差し出すと、少し躊躇った後で、キッカさんはきちんと受け取ってくれた、両手で。恭しく。
「あ………………ありがと、ね」
どうしたもんかと考えあぐねている、そんな顔でボクと床との間で視線を行ったり来たりさせている。
「キッカさんは何が好きなのか想像出来ませんでしたので、もしかしたら嬉しくないかもしれませんけど」
「そんなこと……ないけどさ。……………………乳パッドとかいうオチだったら殴るけど」
「あ、あはは……まさか。それはないですよ、さすがに」
買い物中に一瞬脳裏を過ぎったけど、やめておいて正解だった。