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15話 アイナさんの必需品・下 -2-

「…………シェフに、似ている」

「へ?」


 アイナさんがぬいぐるみを見て呟く。

 似てる……かな?

 ボク、羊っぽい、ですかね?


「あぁ~、確かに。なんとなくねぇ」


 ぬいぐるみを覗き込んだキッカさんもそんなことを言う。

 そして、羊のもふもふした毛を指先で揉むように撫でる。


「黒髪で、のぺーっとした間抜け面なところとか、そっくり」


 ……むっ。

 どうせのぺーっとしてますよ。

 ハンサムとか男前とか益荒男とか言われない顔ですよーだ。


「シェフ……」


 呟いてから、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめるアイナさん。


 おぉうっ!

 い、今っ、今なんか、自分が抱きしめられたような、そんな錯覚が……!


「ありがとう……、すごく嬉しいっ」


 真っ直ぐな気持ちが、ボクの胸に突き刺さり、そこから温かさが広がっていく。

 よかった。喜んでもらえて。


「わたしはこの子を、生涯を賭して大切にするっ」

「大袈裟なのよ、あんたは……」

「家宝にする」

「子孫ががっかりするようなこと、やめてあげなさいよね!?」


 とにかく、喜んでもらえた――そのことが嬉しくて…………なんだかボクの口から魂がダダ漏れになっている気がする。もうすぐ召されそう。でもいいや、今幸せだし……


「お~い、ボーヤ。帰ってくるのじゃ。そんなユニークな死に顔は遠慮してほしいのじゃ」


 お師さんの言葉で、なんとか現世に踏みとどまる。

 危なかった。

 美しいお花畑で、見ず知らずのご老人たちが手招きしていた。きっとどこかの街の老人会の皆様だ。


 アイナさんは、いつもの鋭い目を細めていて、少し嬉しそうに見えた。

 ……ボクの希望的観測を多分に含んでいる可能性はあるけれど。


 近くにあった椅子に腰掛け、そろえたヒザの上にぬいぐるみを置き、向かい合わせでじっと見つめる。

 ぬいぐるみの両手を握って上下に揺らしてみたり、脇に手を入れてぺこりとお辞儀させたり、そんなこんなを一通りやった後、じぃ~っと顔を見つめて心で何かを語りかけている様子だった。


 なんですか、アレ?

 めっちゃ可愛いんですけど!?

 持って帰っていいですか!?

 ここがボクの家ですけれど!


「で、タ・マ・ちゃ~ん?」


 アイナさんの挙動を見つめていたボクの首筋に、白く長い指が這い寄ってくる。

 ぞくぞくぞくーっと、した。

 キッカさん……なんのつもりですか? ちょっとドキドキするじゃないですか。


「剣鬼のアレが、『ウチで働くことになったお祝い』で『これからよろしく』的なものなんだったら、同じ条件のあたしにも、何か贈り物があるはずよねぇ?」


 催促だった。

 物凄い笑顔だ。不思議と、目の奥は笑っていないけれど。


「……まぁ、タマちゃんなら、剣鬼のことで頭いっぱいで、あたしにまで気が回ってなかったんだろうけど」


 首筋でもぞもぞしていた白い指がそろえられ、ボクのおデコをペしりと叩く。

 あぅ……痛い。


「次からは、そういう贔屓は控えめにしてくれると嬉しいわ」

「あ、いえ。ありますよ」

「……え?」


 背中を向けて肩をすくめていたキッカさんが、驚いた顔でこちらを振り返る。

 いや、用意してありますよ。もちろん。


「キッカさんも、ウチで働いてくださるわけですし、当然用意してありますよ」

「え……いや、でも…………えっ?」


 本気で驚いている。

 というか狼狽している。

 そんなにボクがケチに見えていたのだろうか?


「だって、剣鬼にだけあげとけば、あたしなんかどうだっていいわけだし……」

「どうだっていいわけないじゃないですか。キッカさんも大切な仲間ですから」

「…………大切……」


 あぁ、そうか。

 プレゼントを手に持っていないから無いと思われたのか。

 アイナさんのぬいぐるみは結構大きかったけれど、キッカさんのは小さかったのでカバンにしまっていたのだ。


 斜めがけにしたショルダーバッグから、綺麗にラッピングしてもらった贈り物を取り出す。


「はい。キッカさんにはこれです」


 差し出すと、少し躊躇った後で、キッカさんはきちんと受け取ってくれた、両手で。恭しく。


「あ………………ありがと、ね」


 どうしたもんかと考えあぐねている、そんな顔でボクと床との間で視線を行ったり来たりさせている。


「キッカさんは何が好きなのか想像出来ませんでしたので、もしかしたら嬉しくないかもしれませんけど」

「そんなこと……ないけどさ。……………………乳パッドとかいうオチだったら殴るけど」

「あ、あはは……まさか。それはないですよ、さすがに」


 買い物中に一瞬脳裏を過ぎったけど、やめておいて正解だった。







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