「千切りですね」
「千切り…………敵を千の欠片へと切り刻む妙技……」
「いえ、千は『それくらい多くなりそうな程細く』みたいな意味ですよ」
実際、キャベツ半玉を千切りにしても千本はないと思われる。……数えたことはないけれど。
「それを、教えてはもらえないだろうか!」
アイナさんがグイッと身を乗り出してくる。
あぁ、ボクとアイナさんの間にカウンターさえなければもっと密着が……もっと密着が出来たのに!
「このカウンター、いりますかね?」
「タマちゃんのやりたいことと考えてることはよく分かったわ。けど、やめろ」
キッカさんは、店のレイアウト変更に否定的なようだ。
きっと、現状維持が好きな保守派な人なのだろう。まぁ、伝統とか、大切ですもんね。
「キッカさんって、古式ゆかしい人なんですね」
「タマちゃん『が』変なんだよ。自覚しようね」
なんだか、『が』に物凄く力を入れて言われてしまった。
心外だなぁ、もう。
それよりもアイナさんだ。
アイナさんがカウンターに身を乗り出してこんなに急接近…………って、遠ざかってらっしゃる!?
「やはり、ダメ……だろうか?」
しまった!
ほんの一瞬、キッカさんに意識を取られた隙に、アイナさんが遠くへ!?
カウンターが二人を分かつ絶壁のように立ちはだかる。
さながら、二人は天の川に引き裂かれた織姫と彦星……
「キッカさん、短冊に願いを書いてもいいですよ」
「ごめん、タマちゃん。脳内の情報を細切れに発信するのやめてくれる?」
キッカさんの言葉はさらりと聞き流し、しょんぼりする織姫ことアイナさんに声をかける。
「アイナさん。エプロンを着けて厨房に来てください」
「――っ!? い、いい……のか?」
「はい」
アイナさんはいつもカウンターの向こう、ホールの方に立っている。
厨房に入ってくることはまずない。ここがボクの聖域だと分かっているからだろう。
思慮深く、思いやりの心が温かい、そんなアイナさんらしい心遣いだ。
なので、優しく迎え入れてあげる。ボクの聖域に。
あ、キッカさんも厨房には入ってこない。
たぶんつまみ食いの衝動が抑えられないのだろう。うん。
アイナさんが、ゆっくりとした足取りで厨房へと足を踏み入れる。
おっかなびっくりといった感じで、ボクの隣に並び立つ。
「すこし……緊張する」
それはボクもですよ。
アイナさんが近いっ! どきどき。
「なんだか、いい匂いがするな」
それはアイナさんもですよ!
アイナさんの香り……くんかくんか。
「剣鬼ー、刺していいと思うよ?」
厨房の包丁を指差しつつにっこり笑うキッカさん。
キッカさん、笑う時は目までしっかり笑いましょうね……怖いですよ。
「じゃあ、簡単なキャベツあたりで練習しましょうか」
「う、うむっ、よろしくたのむっ!」
ガチガチに緊張しているアイナさん。
誰かに物を教わるってことがあまりないのかもしれない。……スキルって、どうやって覚えるんだろ?
「あっ……」
冷蔵庫を開けて、思わず声が漏れてしまった。
野菜が、ない。
「そう言えば、アイナさんたちの住環境など(ブラジャーとか)を整えるのに必死で、食材を採ってきてませんでしたね」
「あぅ……すまない」
「いえ、そこは気にしないでください。必要なものですし(ブラジャーとか)」
「タマちゃ~ん、顔に何かよからぬ感情が滲み出してるわよ?」
自分が必要ないからと難癖をつけてくるキッカさん。
もう、困るなぁ、そういうの。
それはさておき、野菜を採りに行かなければいけない。
……収穫出来るもの、あったかな?
「それじゃあ、【ファームフィールド】に行ってきますね」