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16話 教えて、エッくん -2-

「千切りですね」

「千切り…………敵を千の欠片へと切り刻む妙技……」

「いえ、千は『それくらい多くなりそうな程細く』みたいな意味ですよ」


 実際、キャベツ半玉を千切りにしても千本はないと思われる。……数えたことはないけれど。


「それを、教えてはもらえないだろうか!」


 アイナさんがグイッと身を乗り出してくる。

 あぁ、ボクとアイナさんの間にカウンターさえなければもっと密着が……もっと密着が出来たのに!


「このカウンター、いりますかね?」

「タマちゃんのやりたいことと考えてることはよく分かったわ。けど、やめろ」


 キッカさんは、店のレイアウト変更に否定的なようだ。

 きっと、現状維持が好きな保守派な人なのだろう。まぁ、伝統とか、大切ですもんね。


「キッカさんって、古式ゆかしい人なんですね」

「タマちゃん『が』変なんだよ。自覚しようね」


 なんだか、『が』に物凄く力を入れて言われてしまった。

 心外だなぁ、もう。


 それよりもアイナさんだ。

 アイナさんがカウンターに身を乗り出してこんなに急接近…………って、遠ざかってらっしゃる!?


「やはり、ダメ……だろうか?」


 しまった!

 ほんの一瞬、キッカさんに意識を取られた隙に、アイナさんが遠くへ!?

 カウンターが二人を分かつ絶壁のように立ちはだかる。

 さながら、二人は天の川に引き裂かれた織姫と彦星……


「キッカさん、短冊に願いを書いてもいいですよ」

「ごめん、タマちゃん。脳内の情報を細切れに発信するのやめてくれる?」


 キッカさんの言葉はさらりと聞き流し、しょんぼりする織姫ことアイナさんに声をかける。


「アイナさん。エプロンを着けて厨房に来てください」

「――っ!? い、いい……のか?」

「はい」


 アイナさんはいつもカウンターの向こう、ホールの方に立っている。

 厨房に入ってくることはまずない。ここがボクの聖域だと分かっているからだろう。

 思慮深く、思いやりの心が温かい、そんなアイナさんらしい心遣いだ。

 なので、優しく迎え入れてあげる。ボクの聖域に。


 あ、キッカさんも厨房には入ってこない。

 たぶんつまみ食いの衝動が抑えられないのだろう。うん。


 アイナさんが、ゆっくりとした足取りで厨房へと足を踏み入れる。

 おっかなびっくりといった感じで、ボクの隣に並び立つ。


「すこし……緊張する」


 それはボクもですよ。

 アイナさんが近いっ! どきどき。


「なんだか、いい匂いがするな」


 それはアイナさんもですよ!

 アイナさんの香り……くんかくんか。


「剣鬼ー、刺していいと思うよ?」


 厨房の包丁を指差しつつにっこり笑うキッカさん。

 キッカさん、笑う時は目までしっかり笑いましょうね……怖いですよ。


「じゃあ、簡単なキャベツあたりで練習しましょうか」

「う、うむっ、よろしくたのむっ!」


 ガチガチに緊張しているアイナさん。

 誰かに物を教わるってことがあまりないのかもしれない。……スキルって、どうやって覚えるんだろ?


「あっ……」


 冷蔵庫を開けて、思わず声が漏れてしまった。

 野菜が、ない。


「そう言えば、アイナさんたちの住環境など(ブラジャーとか)を整えるのに必死で、食材を採ってきてませんでしたね」

「あぅ……すまない」

「いえ、そこは気にしないでください。必要なものですし(ブラジャーとか)」

「タマちゃ~ん、顔に何かよからぬ感情が滲み出してるわよ?」


 自分が必要ないからと難癖をつけてくるキッカさん。

 もう、困るなぁ、そういうの。


 それはさておき、野菜を採りに行かなければいけない。

 ……収穫出来るもの、あったかな?


「それじゃあ、【ファームフィールド】に行ってきますね」







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