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16話 教えて、エッくん -4-

 そしてやって来た【ファームフィールド】。

 ドアを開けて中に入ると、そこはぽかぽか陽気の穏やかな畑だった。

 ずっと向こうの方まで、のどかな田園風景が広がっている。


「ここに種をまいて、水をやって、時間が経てば収穫が出来るんです」

「普通じゃない!?」

「だから、普通ですってば」


 何が不満なのか、キッカさんが不服そうだ。

「他は全部非常識なのにさぁ……」とか、ぶつぶつ言っている。


 一方のアイナさんは畑が珍しいのか、盛り上がったうねの前にしゃがみ込んでつんつん指で土を突いている。


「これ、全部の世話をするのか?」

「そうですね」


 綺麗に並んだ畝は、ずらっとどこまでも続いている。

 この辺りはまだ種まきをしていない箇所だ。

 向こうの方に緑が見えるから、あっちには作物が生っているかもしれない。


「……大変な仕事だな」

「えぇ、まぁ。でも、丹精込めて作った野菜は美味しいですよ」


 アイナさんの隣にしゃがんで話しかけると、すごく自然な感じでアイナさんの顔がこちらに向いた。

 そして――


「美味しい……の、だろうな、きっと。シェフの作った野菜は」


 ずぎゅーん! ……と、ボクの網膜に笑顔が突き刺さった。

 あぁ……畝に埋められたい。そして恋の花で世界を覆い尽くしたい。


「ん、埋葬なら手伝うよ?」


 心臓を押さえて倒れ込んだボクの頭上でキッカさんが乾いた声を落としてくる。

 でも気にしない。

 ボクの網膜には、アイナさんの斜め45度からの自然体な笑顔が焼きついているのだから。


「つかさぁ。ここなんも出来てないよね? 向こうになんかありそうじゃない? あっち行こうよ」


 と、緑が生い茂るゾーンを指差すキッカさん。

 そうしたいのはやまやまなんですが。


「まずは種まきをしましょう」

「今から蒔いて、いつ食べられるのさ?」

「今から蒔くヤツはもうちょっと時間かかりますけど、ここで頑張るとすぐ食べられますよ」

「ん? どいうこと?」


 もちろん、この【ファームフィールド】も【歩くトラットリア】の魔法の一部なので、完全に普通の畑というわけではない。

 やることはほとんど普通の畑仕事と変わらないのだが……結果の出方が少し違う。


「ここで農作業を頑張ると、『ファームポイント』が貯まります」

「ふぁーむぽいんと?」

「畑の経験値みたいなものですよ」

「いや、分かんないけど?」


 キッカさんの目が困惑に揺れる。

 アイナさんもよく分からないようで小首を傾げている。

 絵画にしたい。そして部屋に飾りたい。タイトルは『田園風景の小さな疑問』。


「経験値が貯まると、農作物がレベルアップするんです」

「「レベルアップ?」」


 お互いに顔を見合わせるアイナさんとキッカさん。

 これも絵画にしたい。タイトルは『戸惑う瞳と後頭部』。キッカさん『舐め』の構図で。

(『舐め』=キッカさんの後頭部ごしに見た、アイナさんの顔――という構図)


「レベルが上がると、作物が実ります」

「そんな急に!?」

「はい。頑張れば、前に植えた作物がすぐ収穫出来るようになりますよ」

「へぇ、面白いじゃない」

「うむ、頑張りがいがある」


 ここのシステムを理解して、興味を示す二人。

 どちらも期待と興味に頬を緩ませている。

 これもいい! 絵になる! タイトルは『微笑むアイナさん』!


「タマちゃん。あたしの中で怒りポイントが着実に貯まってるから、レベルアップしないうちに自省してね」

「……はい。すみません、ちょっと浮かれてました」


 なんというか、こう、一緒に何かをするっていうのが楽しくて。

 知らないことを知った時の反応とか、もうたまらなく可愛くて。

 そんなわけで……自然と視界がアイナさんをフォーカスして、同時にキッカさんがフレームアウトして……いや、ホントすみません。以後気を付けます。






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