「残像を教えてほしい」
「まず千切り教わりなさいよ!」
キャベツを大量に収穫し、目標は達成出来た。……の、だけど。
戻ってくるなり、またキッカさんがアイナさんを叱っている。
けど、アイナさんは必死だ。
「種まきでわたしは、キッカの足下にも及ばない貢献度だった。思えば、接客もツッコミも、すべてキッカの方が上……わたしの存在意義がない……っ!」
「ツッコミはあたしの領分じゃないわよ!」
「謙遜、よくない」
「謙遜してないわ!」
確かに、残像を使ったキッカさんの分身種まきは大活躍をした。
キッカさんのおかげで、ファームポイントがざっくざっく入ってきて、キャベツがぽこぽこ実を付けた。……いや、『実』では、ないのだけど。正確には。
「わたしも、お店の役に立ちたいのだ!」
「まぁ、剣鬼の気持ちも分かるけどさぁ……」
「接客業には残像が不可欠なのだ!」
「そんなことないから!」
あぁ、でも、アイナさんがいっぱいいるお店って…………ステキやん?
「キッカさん! 是非アイナさんに残像を教えてあげてください!」
「あんたはどうせ、剣鬼がいっぱいいる様を見たいだけでしょうが!」
「な、なななな、なんのこととととでしょしょしょうかかか、ぴーぴーぷー!」
「誤魔化すの下手過ぎでしょ!? あと、口笛も雑!」
だって、360度アイナさんに囲まれてみたいんですもの!
「残像が出来れば、千切りの練習と接客の練習が同時に出来る!」
「それは名案ですね、アイナさん!」
「出来ないからね!? 体が二つになるわけじゃないから! 物凄く速く動いてるだけだから!」
その後、アイナさんの熱意に負けて、キッカさんによる残像講座が開かれることになった。
さすがにお店の中で暴れるのはダメなので、店の外へと出る。
【ドア】はいつの間にか、切り立った崖が立ち並ぶ岩場へと来ていた。
ここはどの辺りなんだろう?
見たことがない場所だ。そして、人がいそうにもない場所だ。
……あぁ、これ。しばらくお客さん来ないだろうなぁ。まぁ、アイナさんの練習期間だと思えばいいか。
「それじゃあ、剣鬼。今出せる最高速度を出してみて」
「バスまくまくまく!」
「早口じゃない! そして、一切言えてない!」
アイナさんが言いたかったのは、『バスガス爆発』という、バスタブ事故を表現した早口言葉だ。……恐ろしい。半身浴の時にバスタブが爆発なんかしたら…………避難先でアイナさんに裸を見られちゃうかもしれない! そんなことになったら、ボク死んじゃいます!
……あ、その前に爆発で死ぬかも?
ボクがそんなことを考えている間に、キッカさんが動き始める。
「じゃあ、こっから……」
と、地面に足先で線を引き、そこから100メートルほど移動して同じように地面に線を引く。
「……ここまで。全速力で駆け抜けてみて」
「うむ。やってみる」
まずはアイナさんの速度を計ろうというわけだ。
やっぱり、残像を残すのって、速度が必要なんだろうな。うん。ボクには無理だ。
「準備は出来た。いつでもいい」
「じゃあ、よーい……ドン!」
キッカさんの「ドン!」と、大気が『ドンッ!』と音を鳴らすのはほぼ同時だった。
「……これくらい」
「…………な、なかなか、速いじゃないの」
キッカさんの腕が中途半端な位置で制止している。
振り下ろしきる前にアイナさんがゴールしてしまったようだ。
速いなぁ……何秒なんだろう。
「ま……まぁまぁ、じゃない?」
相当速いらしい。
キッカさんが「ないわー、何そのスピード……ないわー」みたいな顔してる。
「残像って、要は人間の視覚に感知出来る範囲での高速移動なわけね」
「ほーほー」
「……剣鬼。あんた絶対分かってないでしょ?」
「いかにも」
「小難しい言葉で匙を投げるな!」
口での説明を諦め、キッカさんがアイナさんから少し距離を取る。
そして、ぶわ~~~っと、広がった。そう、広がった。
「これくらいの速度で移動すると、残像が連なって見えるでしょ?」
「うむ! キッカがすごい太った!」
「太ったんじゃないわよ!」
キッカさんが立ち止まると、残像が一斉に消える。
あ、やせた。
「剣鬼の速度で移動すると、人間の目には見えないわけ。だから、あえて遅く、緩急をつけて移動することでポイントポイントに残像を残せるのよ」
「………………つまり?」
「今、かなり噛み砕いて説明したつもりなんだけど!?」
言っていることはなんとなく分かる。
けど、それを実行するのは相当難しいと思うのだけど……
「タマちゃんは理解出来るわよね?」
「えっと……要するに、ものすごーく速く移動して、どこかで一回止まるってことですか?」
「ざっくり言えばそんな感じね」
「なるほど……そういうことか」
ボクの説明で、なんとなく何かを掴んだっぽいアイナさん。
「やってみる」
言って、アイナさんは先程のスタートラインへ戻っていく。
……こっちからスタートしてもいいと思うんですが…………律儀に、スタートは向こうだと決めているらしい。
「……いく」
ドン――と、大気が鳴り、アイナさんの姿が消えた。
そして、キッカさんの前に出現する。
「止まる」
「遅いわ!」
ペしりと、キッカさんの平手がアイナさんの額を叩く。
「……うぅ……残像なのに、痛い」
「思いっきり実体だから」
途中で止まらなければいけないのに、ゴールまで走りきってしまったアイナさん。
速過ぎると、止まることも難しいですよね。