「ねぇ、タマちゃん。剣鬼が相手なんだからさ、バカな子供が拾ってきたアマガエルにも分かるように教えてあげなきゃ伝わらないと思うわよ?」
「そこまでですか!?」
その子に拾われたアマガエルと普通のアマガエルの差はどれくらいあるんでしょうか?
いや、そんなことはどうでもいいんですが。
確かに。ボクが常識だと思っていることでも、初めての人には分からないかもしれない。
そういう点から考え直して、もう一度伝え直そう。
「まずは、左手でキャベツを押さえてください」
「こう、だろうか?」
鷲掴みっ!
アイナさんは、しっかり固定したい派なんですね。慎重なんだろうな。
でも、危ないです。
「押さえる時は、『ネコの手』ですよ」
「ネコの手…………」
アイナさんが厨房の中をきょろきょろ見渡す。
……どうやら、ネコを探しているらしい。
「あ、あの……、ネコっぽい人の手では、どうだろうか?」
と、キッカさんの左腕の関節をキメて、逃げられないように拘束して言う。
「痛い痛い痛い! 痛いわよ、バカ剣鬼!」
「押さえていてほしい」
「あんたが切ろうとしてる物を押さえるなんて絶対嫌よ!」
「大丈夫。傷薬なら持っている」
「まずはあたしの手を傷付けないことを大前提にしなさいよ!」
「あの、アイナさん」
勘違いを正すように、ボクはお手本を見せる。
すべての指を軽く曲げ、キャベツに添えるように、でもしっかりと動かないように、『ネコの手』で押さえる。
「こういう形で、しっかり固定するんです」
「これが……『ネコの手』……」
「はい。なんだか丸まってて、ネコの手みたいでしょ? 『にゃ~ん』……なんて」
「…………にゃ~ん」
きゅんっ!
アイナさんが鳴いた!
もう持って帰っていいですよね!?
ここがボクの家なんですけれど!
「じゃあ、もう一回やってみるにゃん」
ごふっ!
「がんばるにゃん」
キャベツの千切り、最高ぉぉぉおおおおー!
――ということがあり、にゃんにゃんアイナさんが誕生した。
ボク、この店がキャベツ専門店になってもいいから、ずっと今のアイナさんを見ていたい。
「『ローらないキャベツ』とか、作ろうかなぁ……」
「いや、そこはちゃんとローりなさいよ! っていうか『ロールキャベツ』の『ロール』は動詞じゃないから! 『ローる』じゃないから!」
細切れのキャベツがうずたかく積み上がっていく。
これ全部『ローらないキャベツ』に使おう、そうしよう。
別名、合い挽き肉と細切れキャベツの煮込み。
「おぅ、おはよーじゃ~い」
浴衣の前をだらしなくびろ~んとさせてお師さんがホールへとやって来る。
カウンターへ上り、アイナさんが刻んだキャベツを見て一切れ摘まむ。
「なんじゃ、ローらないキャベツでも作るのかぃ?」
「えっ、あるの『ローらないキャベツ』!? ないよね!?」
お師さんのイタズラに引っかかって狼狽えるキッカさん。
お師さんはきっと、ちょっと前からそこら辺でボクたちの行動を覗き見ていたのだ。
「少し寝坊が過ぎるんじゃないですか、お師さん。もうお昼過ぎてますよ」
「なにを言っておるんじゃ。まだ午前中じゃ」
と、ドアを指しながら言うお師さん。
キッカさんが「なに寝ぼけたこと言ってんだこのカエル? 甘酢あんかけにするぞ」みたいな目でお師さんを見てドアへと近付いていく。……あ、ごめんなさい。後半はボクの感想が混ざっちゃいました。
「えっ、なんで!?」
キッカさんがドアを開けると、外はまだ薄暗く、遠くに昇りかけの太陽が見えた。
「残像の練習してた時、かなり日が高くなってたよね?」
「それから千切りの練習をしたから……かなり時間は立っているはず……にゃ」
「どう見ても朝じゃろうが。ほっほっほっ……」
戸惑う二人を見てお師さんが余裕の笑みを浮かべている。
……またそういうイタズラをする。
これは時差を使った簡単なトリックだ。
世界は広く、国によって時間がずれている。
今いる場所が朝でも、別の国へ移動すれば夜だったりする。
ほとんどの人はそんな長距離を一瞬で移動するなんてことはないから気付いてはいないのだろうが、この【歩くトラットリア】はあり得ないような速度で移動している。なので、【ドア】の外がず~~~~~っと夜、なんてこともたまにあったりする。
それを説明して理解してもらうのは大変そうだなぁ……
「さすが、魔法にゃ」
「やっぱ変な店だよね、ここってさ」
あ、なんか納得したっぽい。
理屈とか必要なさそう。よかった、二人がそういう人で。