「おぉ、そうじゃそうじゃ」
刻みキャベツをぽりぽり齧りながら、お師さんが思い出したように言う。
「明日あたり、お客さんが来そうな気がするんじゃ。じゃからの、準備をしておいた方がいいのじゃ」
お師さんの予感は当たる。
というより、すでに知っている未来をすっとぼけながら口にしているのではないかと思えるほど当たりまくる。ほぼ外すことがない。
「ついでに、太ももちゃんが膝枕してくれそうな予感がするのじゃ」
しかし、願望は実現しない。
ほら、投げ捨てられた。あぁ、ダメですよキッカさん。お師さんは不燃ごみじゃなくて生ごみの方に捨ててくださいね。
しかし、お師さんが言うのであれば準備を進めておいた方がいい。
千切りの練習はほどほどにして切り上げた方がよさそうだ。
「というわけですので、練習はまた今度ということで」
「にゃ」
「……もうちょっと練習しますか?」
「にゃ? 大丈夫にゃ。練習、終わるにゃ」
物凄く意識が千切りに向いているようですけれど?
「お二人には申し訳ないんですけれど、また【ハンティングフィールド】で狩りを手伝っていただけますか?」
「任せてにゃ!」
拳を握るアイナさん。
の、向こうでキッカさんが真っ直ぐに腕を上げている。なんのアピールだろう?
「タコ!」
「…………の、真似?」
「どこがよ!? やるならもっと分かりやすくやるわよ!」
「では、キッカさんで『タコ』です、どうぞ!」
「ぅにょろ~~ん……って、やらせるな!」
口を「ちゅー」っと突き出して手足をうねうね動かした後で勢いよく突っ込んできた。
「華麗なノリツッコミに拍手」
ぱちぱちと、三人分の拍手が鳴る。
「拍手いらないから!」
ボク、アイナさん、お師さんの順で拍手を強制終了させて回るキッカさん。
面白かったのに、タコ。
「タコが食べたいの!」
「共食い……ですか?」
「誰がタコだ!」
つまり、今回はタコを獲りに行こうと、そういうことでしょうか。
タコ……か。
「この前イカ食べたじゃないですか」
「するめナイフもまだ残っているにゃ」
「あのナイフは食べないわよ!」
「大切に使ってくれてるんですね。嬉しいです」
「そういうことじゃなくて! で、アレの使い道『食べる』以外にないからね!?」
イカでは満足出来ないらしく、タコが食べたいのだという。
タコ。確かにイカとは違った美味しさがある。
「好きなんですか、タコ?」
「うん。生まれた街がね、海のそばでさ…………」
ふと、キッカさんの表情が翳る。
なんだろう?
「……ま、よく食べてたっていうか、思い出の味、かな」
「そうなんですか」
無理矢理に作った笑みが、少し寂しそうに見えた。
あまり、思い出したくないこと……なのかもしれない。生まれた街のことは。
でも、タコの味だけは懐かしくて、好きだと。
なら、タコ料理を作ろう。
キッカさんが美味しいと思うものを。
「どんな調理法がいいですか?」
「焼く! か、茹でる!」
ワイルドだ!?
相変わらず、キッカさんの口からは料理名が出てこない。
食べたい物は「肉!」「タコ!」。
調理法は「焼く!」「茹でる!」。
豪快に生きてきたんだろうな、きっと。
何かいろいろと考えてみよう。キッカさんが「これは美味しい!」と思える料理が見つかるかもしれないし。
「じゃあ、今日のターゲットは――と、その前に。アイナさんは何か食べたいものありますか?」
「わたしも、タコを食べてみたい」
「では、満場一致で、今日のターゲットはタコです!」
「……なんだろう、この釈然としない感じ? とりあえず一発殴りたい」
キッカさんの拳が牙を剥く前に、さっさと【ハンティングフィールド】へと向かう。
きっと【ハンティングフィールド】の中の方が安全だ。うん。