「シェフには…………感謝している」
立ち上がり。黒羊を机に置いて、頭を撫でて、鎧を外し始める。
「シェフには……もっと相応しい人がいる」
ごとりと重たい音が響く。重厚な鎧が剥がされていく。
こいつの心には、この鎧よりも分厚い鎧が着せられているのかもしれない。
それは、脱ぎ捨てることさえ困難なほどに。
「わたしなんかより、もっと素敵で、可愛くて……優しくて、普通で……」
普通。
自分はそうじゃないってのが、こいつの心に鍵をかけている一番大きな要因かもしれない。
「……接客業が得意で、【ハンティングフィールド】でも【ファームフィールド】でも活躍出来て、笑顔とかが得意な人が……」
剣鬼の挙げる条件を聞いて、「あ、それ。割とあたしに当てはまるなぁ~」とか思っていると、剣鬼がものすっごい「じぃ~~~」っとこっちを見ていた。
……おいおい。
「…………ぷくぅ!」
いや、自分で言ったんじゃない!?
怒るくらいなら言うなよ、そんなこと!
「……キッカとか、お似合い………………かも、しれない」
そんな、腸がねじ切れそうな顔で言われても。
「でもあんた、シェフに惚れてるんでしょ?」
「…………惚……れ、て?」
こいつ、マジか!?
「好きなんでしょ、シェフのこと」
「えっと……食べたことは、ない……」
そりゃないだろうさ!
誰が好物の話をしてんだ!
「異性として、好感を持っているでしょ?」
「伊勢海老と、交換?」
「あんた、もう半分寝てるでしょう!?」
まさか、……まさかだけど。
「恋愛感情って言葉、知ってる?」
「ん? …………あっ、あ~あ~! あぁ、うん……どこかで食べたことある気が……」
「オーケィ。もうそれ以上しゃべるな。頭が割れる」
偏頭痛が酷い。割れそうだ。
こいつ……幼女か!? 脳内幼女か!? そんなデカい体してるくせに!
「じゃあ、なんでそんなに頑張ってんのさ? ベッドに入って一瞬で寝落ちしちゃうくらいくたくたになってさぁ」
実際、オーラのコントロールはかなり難しく、気力も体力もごっそり持っていかれる。慣れていないなら尚更で、でもそんな難しいことを剣鬼はマスターしてみせたのだ。
相当無茶をしていると言える。しかもその後荒れ狂う海の上で巨大ダコを狩ってるしね。
「気に入られたいからなんじゃないの?」
シェフに好きになってもらいたい。
そんな感情が働いているはずなのだ、この脳内幼女の中であっても。
だが、剣鬼は一切のよどみもない澄んだ瞳でこんなことを言い放つ。
「恩返しをしたい」
時代、錯誤……
そんな堅っ苦しいこと言ってんの、騎士団の老齢なジジイ騎士くらいのもんだよ?
それよりも恋愛が優先してしかるべきでしょう?
「ずっとここにいたいから、ここの仕事覚えたいんでしょ? 料理とか、接客とか」
「う、うむ……出来ることなら、そうしたい……とは、思っている……」
「なら、それって好きってこt……」
「ただ、その前に――」
そしてもう一度、あたしは言葉を遮られる。
この後で軽口なんか叩けないってくらいに、びっくりするような言葉で。
「シェフの好物を作りたい――」
それは、恋する女子が浮かれてする発言などではなく……
「――なんとしても、出来るだけ早く」
心の底からもたらされた、真剣な言葉。
そして、真剣な表情をした剣鬼から、その事実はもたらされる。
「シェフは、食事をしていない」