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20話 やって来たお客様 -2-

「え? なに、今の?」


 アイナさんとキッカさんが揃ってきょろきょろしている。


「今のはお腹の虫ですよ」

「……は?」

「と言っても、本当にお腹の虫ではなくて、近くにお腹を空かせたお客様がいると鳴るんです」


 そんな説明をすると、アイナさんはすごく感心した様子で「すごい」と呟いた。

 そして。「いい子いい子」と、お店の柱を撫でた。


 ボクだって鳴くことくらい出来ますけれど!?

 ……おのれ、まさか【歩くトラットリア】が恋敵になるなんて。


「まだ着かないんですかねぇ~。お腹を空かせたお客様を待たせるとか、大衆食堂としてどうなんでしょうね、それ?」

「タマちゃん……あんた、分かりやすいよね」


 ぽんぽんと、ボクの肩を叩くキッカさん。

 それを、出来れば、ボクはアイナさんに…………いやまぁ、慰めてくれるのは嬉しいんですけどね。


 それから十数分して、お店のドアが開いた。

 入ってきたのは――


「おぉ、なんということだ。こんな場所に、これほど美しい女性がいるお店があるなんて」


 ――物凄くキザな一人の騎士だった。

 サラサラの金髪に白く輝く歯。顔は……まぁ、二枚目と言っていい部類に入るかもしれないけれど、あの目はいただけない。実にいやらしい。女性を見るやデレッとするところなんか、犯罪者の匂いすらする。


「へぇ。なかなかハンサムね、タマちゃん」

「さぁ、どーなんでしょーね。ボク男だからよく分かりませんけどねー」


 面白がるようにキッカさんが言う。ボクの反応を見て楽しんでいるのだろう。


「美しいお嬢さん方、是非名前をお聞かせいただけませんか?」


 高そうな鎧をまとった体を少し傾ける。

 どこかの国の騎士のような気品に溢れるお辞儀。……女の敵……いや、モテない男の敵め。

 こういう、お金を持っていそうな二枚目に、無垢な女性はコロッと騙されてしまうのだ。やはり女の敵だ。

 そして、無垢な女性をこういう輩が独占するので、モテない男たちはあぶれてしまう……やはりモテない男の敵だ。


「……人類の敵め」

「タマちゃ~ん。嫉妬がありありと見えてカッコ悪いよ~、それ」


 なぜか、キッカさんが嬉しそうだ。ボクがこんなにも心を痛めているというのに。

 こんな……いかにもモテそうな、それでいてお金を持っていそうで、なんなら女心も分かっていそうな、優しそうな男が現れたら…………アイナさんは、どんな感情を抱くのだろうか?

 ……知るのが、怖い。


 そっとアイナさんへと視線を向ける。

 キザ男……もとい、お客様の方を向いているため、ボクのいる場所からはアイナさんの表情が見えない。

 ただ、さっきから微動だにしない……見惚れて、いたりするのだろうか?

 やっぱり、アイナさんも……あぁいう、いかにもモテそうな男が、好き……だったり、するのだろうか?


「ふふ……照れ屋さんが多いようだね、このお店には」


 さらさらの金髪を掻き上げて、男が言う。そしてキッカさんを指差して、ウィンクと共に言葉を投げる。


「まずは、キュートな君。名前を教えてくれるかな?」

「ドドメリア」


 さらっと嘘を吐いたよ、キッカさん!?

 どうして……と、視線を向けると「あたし、あぁいう男ダメ。つか、なに急にため口になってんの? 鼻の穴八つに増やしてやろうか?」と、口パクで教えてくれた。……読解力すごいな、ボク!?


「ドドメリアさん……か。キュートな名前だね」


 本当にそうだろうか?


「それで、さっきから無口なキ・ミ」


 と、アイナさんを指差す。

 あ、こんなところに包丁が。……刺す。


「待ってタマちゃん。それは用途が違うから」


 指先で包丁を押さえるキッカさん。……くそ、包丁がびくともしないっ。

 ボクが殺意のやり場に困っていると、アイナさんがチラリとこちらを見た。

 その顔は……


 びっくりするくらい真顔だった。







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