「え? なに、今の?」
アイナさんとキッカさんが揃ってきょろきょろしている。
「今のはお腹の虫ですよ」
「……は?」
「と言っても、本当にお腹の虫ではなくて、近くにお腹を空かせたお客様がいると鳴るんです」
そんな説明をすると、アイナさんはすごく感心した様子で「すごい」と呟いた。
そして。「いい子いい子」と、お店の柱を撫でた。
ボクだって鳴くことくらい出来ますけれど!?
……おのれ、まさか【歩くトラットリア】が恋敵になるなんて。
「まだ着かないんですかねぇ~。お腹を空かせたお客様を待たせるとか、大衆食堂としてどうなんでしょうね、それ?」
「タマちゃん……あんた、分かりやすいよね」
ぽんぽんと、ボクの肩を叩くキッカさん。
それを、出来れば、ボクはアイナさんに…………いやまぁ、慰めてくれるのは嬉しいんですけどね。
それから十数分して、お店のドアが開いた。
入ってきたのは――
「おぉ、なんということだ。こんな場所に、これほど美しい女性がいるお店があるなんて」
――物凄くキザな一人の騎士だった。
サラサラの金髪に白く輝く歯。顔は……まぁ、二枚目と言っていい部類に入るかもしれないけれど、あの目はいただけない。実にいやらしい。女性を見るやデレッとするところなんか、犯罪者の匂いすらする。
「へぇ。なかなかハンサムね、タマちゃん」
「さぁ、どーなんでしょーね。ボク男だからよく分かりませんけどねー」
面白がるようにキッカさんが言う。ボクの反応を見て楽しんでいるのだろう。
「美しいお嬢さん方、是非名前をお聞かせいただけませんか?」
高そうな鎧をまとった体を少し傾ける。
どこかの国の騎士のような気品に溢れるお辞儀。……女の敵……いや、モテない男の敵め。
こういう、お金を持っていそうな二枚目に、無垢な女性はコロッと騙されてしまうのだ。やはり女の敵だ。
そして、無垢な女性をこういう輩が独占するので、モテない男たちはあぶれてしまう……やはりモテない男の敵だ。
「……人類の敵め」
「タマちゃ~ん。嫉妬がありありと見えてカッコ悪いよ~、それ」
なぜか、キッカさんが嬉しそうだ。ボクがこんなにも心を痛めているというのに。
こんな……いかにもモテそうな、それでいてお金を持っていそうで、なんなら女心も分かっていそうな、優しそうな男が現れたら…………アイナさんは、どんな感情を抱くのだろうか?
……知るのが、怖い。
そっとアイナさんへと視線を向ける。
キザ男……もとい、お客様の方を向いているため、ボクのいる場所からはアイナさんの表情が見えない。
ただ、さっきから微動だにしない……見惚れて、いたりするのだろうか?
やっぱり、アイナさんも……あぁいう、いかにもモテそうな男が、好き……だったり、するのだろうか?
「ふふ……照れ屋さんが多いようだね、このお店には」
さらさらの金髪を掻き上げて、男が言う。そしてキッカさんを指差して、ウィンクと共に言葉を投げる。
「まずは、キュートな君。名前を教えてくれるかな?」
「ドドメリア」
さらっと嘘を吐いたよ、キッカさん!?
どうして……と、視線を向けると「あたし、あぁいう男ダメ。つか、なに急にため口になってんの? 鼻の穴八つに増やしてやろうか?」と、口パクで教えてくれた。……読解力すごいな、ボク!?
「ドドメリアさん……か。キュートな名前だね」
本当にそうだろうか?
「それで、さっきから無口なキ・ミ」
と、アイナさんを指差す。
あ、こんなところに包丁が。……刺す。
「待ってタマちゃん。それは用途が違うから」
指先で包丁を押さえるキッカさん。……くそ、包丁がびくともしないっ。
ボクが殺意のやり場に困っていると、アイナさんがチラリとこちらを見た。
その顔は……
びっくりするくらい真顔だった。