その言葉は、ダメだ。
可愛いと言われ慣れていないアイナさんは、そう言われると照れてしまって……とても可愛い表情になってしまうのだ。無防備に。
こんな男の前であっても、きっと……
恐る恐る、アイナさんの顔を覗き込んでみる。
きっと、頬を真っ赤に染めて、瞳を潤ませて、この世のものとは思えないほど可愛い表情を………………してない。
「……………………」
甘栗の渋皮だけを百個まとめて口に放り込んだかのような、渋そ~ぅな顔をしていた。
アイナさんの鼻の横にしわが入っているのを、初めて見た。ほうれい線と呼ばれるしわだ。
うわぁ、眉間に深い縦じわが。
「シェフ……こちらの方に、目がよくなる料理を」
言いながら、そそそと男から距離を取るアイナさん。
明らかに嫌悪している。
最初、自分に向けられるラブラブ光線に一切気付かずスルーしていたアイナさんが、それを認識した瞬間に嫌悪感マックスになった。
これって、つまり…………
ボクがアイナさんのこと好きだってバレたら、ボクもこんな風に渋そうな顔で避けられるって、こと…………かな?
「え、えっと……目にいいのはブルーベリーです、かね? じゃあ、イカの炙りをお出ししますね」
「どしたタマちゃん!? 急に支離滅裂だよ!?」
「え? 『しりケツケツ』? お尻がおケツなのは当然でしょう!? なんですか急に、お尻発言を三回も!」
「言ってない! 全然言ってないから!」
「……キッカはお尻っ娘」
「変なイメージ植えつけようとすんなぁ!」
お、落ち着け。落ち着くんだボク。
大丈夫。
これまでボクは、そこまで露骨に好き好きビームもラブラブ光線もエロエロ波動も出していないはず! …………エロエロ波動に関しては自信がない!?
で、でも! 今のところ、アイナさんはボクに対して嫌悪感を抱いているような素振りを見せたことはないし…………うん、たぶんセーフ! まだ大丈夫!
でも……
これから先……バレないようにしなきゃ。
ヤバイ……なんだかドキドキしてきた。それも、全然ハッピーじゃない方のドキドキ……
「あの、すみません、お客様。コレ、炙ったイカなんで、これ食べたら帰っていただけますか? 今日はもう閉店したいので……」
「おぉっと、いや、待ってほしい」
炙りイカを脇に置いて、男はボクに向かって最初の騎士っぽい口調で言う。
「実は、さる偉大な方が空腹を訴えていらっしゃるのだ。それで、僕がこの店の様子を窺いに来たというわけなのだよ」
……男にはこの口調なんだ。
この人は、とある偉いさんの使いで、突如現れた謎の店の様子を見に来たようだ。
何かとても大切な使命でも追っているのか、騎士は先ほどまでの軽薄な笑みとは打って変わって、きりりとした表情で姿勢正しくボクへと向き直る。
その雰囲気につられて、ボクの背筋も少しだけ伸びた。