「ここは、随分と古い建物のように見えていたのだが……食堂で、間違いないのだな?」
「古い……? あ、はい。食堂で間違いないです」
【ドア】は、どこにでも張りついて、外とこの店の空間を繋ぐ。
どこでも張りつけるから、ドアにも張りつける。
ウチの【ドア】がよくやることなのだけど、最初からそこにあるドアに張りついて、どこかの建物に寄生……擬態することもあるのだ。
何もない壁にドアがあると警戒されがちだけれど、建物のドアに張りつけば、普通の人でも気軽に入ってこられる。
きっと、今回は古い建物のドアに張りついたのだろう。
それも、遠くから見て「食堂だな」と分かるような建物に。
「旅の方なんですか?」
「いや、旅というより道楽だ」
「道楽、ですか?」
「旅行の好きな方でな……よくこうして遠出をされるのだ」
旅行……
魔獣が徘徊する危険な場所を、安全性に乏しい馬車で延々と移動する。
そんな危険を冒してまで遠くに行きたいと思うなんて、相当変わった人なのだろう、この騎士の仕える人は。
「供の者も含めて十六人。食事を頼みたい」
「十六名……ですか?」
ふと思い出す。
お師さんが言っていた、「客が来そうだから食料を用意しておけ」という言葉。
そうか、こういうことだったんだ。またしても予感が的中したというわけですね、お師さん。
しかし、油断していた。
まさか、一気に十六人ものお客様がやって来るだなんて……
「それでは呼んでくるので、もてなしを頼む」
騎士は頭を下げて一度店を出ていく。
……あ。礼の仕方が綺麗だったからつい騎士って思っちゃった。いや、それはいい。
「どうしましょうか?」
今ある食材は、タコ。イカ(残りわずか)、アサリ(極少数)、野菜。くらいの物だ。
海鮮と野菜……お肉が、ない。
「わたしが、狩ってこよう」
「いや、でも一人では危ないので……」
「大丈夫。シェフの役に立てるのであれば、わたしはきっといつも以上の力を出せる。そんな気がするのだ」
「アイナさん……」
確かに、アイナさんは強いから【ハンティングフィールド】に一人で行っても大丈夫なのかもしれない。けれど、あの部屋はたまにぶっ壊れ難易度の魔獣が現れるから……
「任せてほしい。必ず、お肉を取ってくる」
「行かせてあげなよ、タマちゃん」
キッカさんがアイナさんのアシストをする。
「あたしが接客やってあげるからさ、剣鬼は食料補充。分担作業でいこうよ」
「確かに、その方が効率的といえますが……」
「んじゃ、決まり。剣鬼、大物を狩ってきなさいよ」
「うむ。任せてほしい」
なんだか、いつの間にかもう話が付いていた。
うぅ……心配だ。けれど、それしか方法はないのかもしれない……
「では、行ってくる」
アイナさんが奥へと向かいかけた時、再びドアが開いた。
「まぁ~、汚い店ですこと」
「――っ!?」
その声を聞いて、キッカさんがアイナさんの腕を掴む。
真っ青な顔で。信じられないものを、見るような目つきで。
「…………あら?」
「え? なによ。…………まぁ」
店に入ってきたのは、派手な帽子をかぶって豪華なドレスを着込んだご婦人と、目つきがキツイ二人の女性。
その後ろから、お付きのものと思われる鎧姿の男たち。
その女性三人が、キッカさんを見て目を丸くしている。
そして、一気にあくどい笑みをその顔に浮かび上がらせる。
「なんだ。誰かと思えばキッカじゃない」
「まぁ、本当ですわね、お姉様。よもやこのような場所で会おうとは」
にやにやとした顔でキッカさんを見る女性たち。
知り合い……なのだろうか。
「ふん。顔を合わせたってのに挨拶もしないのかい? 随分と偉くなったのねぇ、あなた」
小太りのオバサン……もとい、ご婦人がキッカさんに向かって毒づく。
そんな声を受けて、キッカさんが三人に向かって頭を下げた。それは深く、とても深く。
そして――
「ご無沙汰しております…………お母さま、お姉様方」
――そう言った。