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20話 やって来たお客様 -5-

「ここは、随分と古い建物のように見えていたのだが……食堂で、間違いないのだな?」

「古い……? あ、はい。食堂で間違いないです」


【ドア】は、どこにでも張りついて、外とこの店の空間を繋ぐ。

 どこでも張りつけるから、ドアにも張りつける。

 ウチの【ドア】がよくやることなのだけど、最初からそこにあるドアに張りついて、どこかの建物に寄生……擬態することもあるのだ。

 何もない壁にドアがあると警戒されがちだけれど、建物のドアに張りつけば、普通の人でも気軽に入ってこられる。


 きっと、今回は古い建物のドアに張りついたのだろう。

 それも、遠くから見て「食堂だな」と分かるような建物に。


「旅の方なんですか?」

「いや、旅というより道楽だ」

「道楽、ですか?」

「旅行の好きな方でな……よくこうして遠出をされるのだ」


 旅行……

 魔獣が徘徊する危険な場所を、安全性に乏しい馬車で延々と移動する。

 そんな危険を冒してまで遠くに行きたいと思うなんて、相当変わった人なのだろう、この騎士の仕える人は。


「供の者も含めて十六人。食事を頼みたい」

「十六名……ですか?」


 ふと思い出す。

 お師さんが言っていた、「客が来そうだから食料を用意しておけ」という言葉。

 そうか、こういうことだったんだ。またしても予感が的中したというわけですね、お師さん。


 しかし、油断していた。

 まさか、一気に十六人ものお客様がやって来るだなんて……


「それでは呼んでくるので、もてなしを頼む」


 騎士は頭を下げて一度店を出ていく。

 ……あ。礼の仕方が綺麗だったからつい騎士って思っちゃった。いや、それはいい。


「どうしましょうか?」


 今ある食材は、タコ。イカ(残りわずか)、アサリ(極少数)、野菜。くらいの物だ。

 海鮮と野菜……お肉が、ない。


「わたしが、狩ってこよう」

「いや、でも一人では危ないので……」

「大丈夫。シェフの役に立てるのであれば、わたしはきっといつも以上の力を出せる。そんな気がするのだ」

「アイナさん……」


 確かに、アイナさんは強いから【ハンティングフィールド】に一人で行っても大丈夫なのかもしれない。けれど、あの部屋はたまにぶっ壊れ難易度の魔獣が現れるから……


「任せてほしい。必ず、お肉を取ってくる」

「行かせてあげなよ、タマちゃん」


 キッカさんがアイナさんのアシストをする。


「あたしが接客やってあげるからさ、剣鬼は食料補充。分担作業でいこうよ」

「確かに、その方が効率的といえますが……」

「んじゃ、決まり。剣鬼、大物を狩ってきなさいよ」

「うむ。任せてほしい」


 なんだか、いつの間にかもう話が付いていた。

 うぅ……心配だ。けれど、それしか方法はないのかもしれない……


「では、行ってくる」


 アイナさんが奥へと向かいかけた時、再びドアが開いた。


「まぁ~、汚い店ですこと」

「――っ!?」


 その声を聞いて、キッカさんがアイナさんの腕を掴む。

 真っ青な顔で。信じられないものを、見るような目つきで。


「…………あら?」

「え? なによ。…………まぁ」


 店に入ってきたのは、派手な帽子をかぶって豪華なドレスを着込んだご婦人と、目つきがキツイ二人の女性。

 その後ろから、お付きのものと思われる鎧姿の男たち。


 その女性三人が、キッカさんを見て目を丸くしている。

 そして、一気にあくどい笑みをその顔に浮かび上がらせる。


「なんだ。誰かと思えばキッカじゃない」

「まぁ、本当ですわね、お姉様。よもやこのような場所で会おうとは」


 にやにやとした顔でキッカさんを見る女性たち。

 知り合い……なのだろうか。


「ふん。顔を合わせたってのに挨拶もしないのかい? 随分と偉くなったのねぇ、あなた」


 小太りのオバサン……もとい、ご婦人がキッカさんに向かって毒づく。

 そんな声を受けて、キッカさんが三人に向かって頭を下げた。それは深く、とても深く。

 そして――


「ご無沙汰しております…………お母さま、お姉様方」


 ――そう言った。






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