「あらあら、珍しいところで珍しい人に会うものねぇ」
小太りで派手なオバサン……もとい、貫禄のあるゴージャスなご婦人が、キッカさんを見て右の眉だけを持ち上げながら微笑む。なんだか、嫌な笑みだ。
「ご、ご無沙汰、しております……」
消え入りそうな声で言って、キッカさんが頭を下げる。
まるで別人のように大人しい……というか、怯えている。
「あらあら、一端に挨拶なんかしちゃって、まぁ。冒険者なんてくだらない職業でも、少しは役に立つことがあるようね」
俯いたまま、キッカさんの拳が握られる。
「エドガー? エドガーを呼んでちょうだい」
ドアの外に向かって、マダムが声をかける。
その間、キッカさんが「姉様」と呼んだ二人は、にやにやした顔でキッカさんを見つめ続けていた。
「お待たせしました、奥様」
先程のナマモノ……もとい、金髪騎士が現れて恭しく頭を下げる。この人がエドガーらしい。
お金持ちの護衛兼雑用係でもしているのだろうか。彼の自信は待遇のよい仕事から来ているのかもしれない。
――が。
「あなた、クビよ。もうウチにいなくていいわ」
「なっ!?」
虫を払うように手を振って、マダムは興味なさげに振り返る。
驚愕の表情で「待ってください!」と叫ぶエドガーだが、他の男たちに掴まれ店の外へと引き摺り出されていった。……なんて人だ。
「わたくしは、エレガントなグランメゾンを探せと言ったのよ。それをこんなみすぼらしい……あら、失礼。庶民的な店に連れてくるだなんて…………おまけに、不愉快な顔を見せられて」
キッカさんの肩がぴくりと震える。
「けどまぁ、いいでしょう。たまには、庶民の味を楽しむのも悪くないわね。イザベラ、エレーネ、こちらでいただきましょう」
「「はい、お母様」」
言いたいことを言って、近くにある席へと向かう三人。お付きの男たちが椅子を引いてエスコートする。お付きは全部で十二人もいた。戦士っぽい人が四人で、大きな荷物を持った人が四人。身の回りの世話をするのか、女性が二人。エドガーを連れて行った男が二人。エドガーを入れて計十六人。確かにエドガーの言っていた通りの人数だ。
もっとも、マダムと姉二人以外は席に着かず、傍に控えているようだ。
同じ席で食事を食べるというつもりはないのだろう。
この人たちは、本当にキッカさんの母親とお姉さんたちなのだろうか。
全然似ていないし、接し方があまりにもおかしい。
キッカさんの様子も変だし…………けれど、他人の家庭に口出しはしちゃいけない。それが、接客業の常識だ。
どんな嫌なお客さんでも、変わらないサービスを。
「ねぇ、あなた。そこの赤い髪のあなた」
マダムがアイナさんを呼ぶ。
アイナさんは、この人たちのことをどういう風に見ているのだろうか。
「早く料理を作らせてきてちょうだい。こんな店じゃ期待は出来ないでしょうから、お勧めの物でいいわ。ここで一番高級で美味しい物を作らせなさい」
ぺらぺらと舌がよく回るマダム。それを、アイナさんはじっと見つめていた。
そして、ぽつりと呟く。
「……ここは、【歩くトラットリア】。グランなんとか、とかいうおかしな場所ではない」
少しだけ、アイナさんの機嫌が悪いように見える。
【歩くトラットリア】を馬鹿にされたからか、キッカさんへの扱いが不当だからかは分からない。けれど、アイナさんは今、はっきりと不機嫌だ。
「歩くでも走るでもなんでもいいわよ。早く料理を用意させなさい。立っているだけでお金がもらえるのは、わたくしたちのような上流の者だけよ。んほほほ」
上流……なら、ボクたちは下流だと、そう言いたいのだろうか。
ちらりと視線を向けると、キッカさんは申し訳なさそうな顔をして俯いていた。
お師さんが言った『客』とは、この人たちのことだったのだろう。
準備をしておけ……か。
アレはもしかして、食材のことだけではなく気構えのことも含む忠告だったのかもしれないな。