「あ、あのさ、タマちゃん」
慌てた様子で駆け寄ってきて、言い訳じみた口調でキッカさんが言う。
「あ、あたし、【ハンティングフィールド】で食材狩ってくるよ。た、足りないでしょ、いろいろと。ね? だから……ね?」
縋るような瞳。
この場所から逃げ出したい。そんな感情が有り有りと伝わってくる。
「ねぇ~」
そんなキッカさんに、姉という人が声をかける。
「ちょっと、そこの小間使いさ~ん?」
「きゃははは」
イザベラと呼ばれた金髪姉がそう言って、エレーネと呼ばれた茶髪姉がそれを聞いて笑う。
そして、キッカさんは歯を食いしばる。悔しそうに。
「こっちのデカい女が使えないからさ~ぁ、あなたが注文を聞きに来てくださらないかしら?」
「くださらないかしらぁ?」
にやにやと、キッカさんを見つめてそんなことを言う。
ぐっと拳を握りしめて、大きく息を吸い込んだ後、キッカさんは彼女たちのテーブルへと移動した。
「……ご注文を、お伺いいたします」
掠れた、絞り出すような声。
いつもの溌剌さは、どこにも見えない。
「適当にお願いするわ」
「何食べても同じでしょ、こんな店」
「急がせてね」
「わたくしたちが空腹で死んだら賠償よ? 払えないでしょ? 一生掛かっても。きゃはっ」
ガリ……っと、奥歯を噛む音がして、一拍後にキッカさんはなんとか言葉をひねり出した。
「少々……お待ちください」
頭を下げてこちらへと戻ってくる。
「……タマちゃ……シェフ。オーダーを……」
「はい。承りました」
彼女たちの目を気にして、ボクをシェフと呼ぶ。
つらそうに歪んだ顔からは、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。これ以上、キッカさんにこんな思いをさせたくない。
「食材が足りませんね」
なるべく明るい声を意識してそう告げる。
「キッカさんとアイナさんで食料庫を見てきてください」
食料庫には何もない。
けれど、ここにいさせるより何倍もいい。
そこで、このお客様たちが帰るまで時間を潰していてもらおう。
「なら、【ハンティングフィールド】で狩りを……」
「ねぇ、聞きました、お母様。『狩り』ですって。野蛮ねぇ~」
キッカさんの言葉にかぶせるようにイザベラがいやらしく言う。
「生き物を殺すなんて、神経がどうにかなっている証拠ですわよねぇ」
エレーネがそれに続ける。
そして。
「仕様がないでしょう。あの子はもともと『あぁいう子』なのだから」
マダムが冷たく言い放つ。
「無様で、薄汚れて、狂気的で……我が家の名を汚す欠陥品には、お似合いの生き様だわ」
とどめとばかりに心を抉るような言葉をまき散らす。
「タマちゃん……ごめん」
消え入りそうな声で呟いて、キッカさんが足早に従業員スペースへと逃げ込んでいく。
アイナさんへと視線を送り、キッカさんを追いかけてもらう。
どうか、そばにいてあげてください。キッカさんが一人で悲しい思いをしなくても済むように。
独りぼっちというのは、本当に……死にたくなりますから。