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21話 食べる、ということ。 -2-

「あ、あのさ、タマちゃん」


 慌てた様子で駆け寄ってきて、言い訳じみた口調でキッカさんが言う。


「あ、あたし、【ハンティングフィールド】で食材狩ってくるよ。た、足りないでしょ、いろいろと。ね? だから……ね?」


 縋るような瞳。

 この場所から逃げ出したい。そんな感情が有り有りと伝わってくる。


「ねぇ~」


 そんなキッカさんに、姉という人が声をかける。


「ちょっと、そこの小間使いさ~ん?」

「きゃははは」


 イザベラと呼ばれた金髪姉がそう言って、エレーネと呼ばれた茶髪姉がそれを聞いて笑う。

 そして、キッカさんは歯を食いしばる。悔しそうに。


「こっちのデカい女が使えないからさ~ぁ、あなたが注文を聞きに来てくださらないかしら?」

「くださらないかしらぁ?」


 にやにやと、キッカさんを見つめてそんなことを言う。

 ぐっと拳を握りしめて、大きく息を吸い込んだ後、キッカさんは彼女たちのテーブルへと移動した。


「……ご注文を、お伺いいたします」


 掠れた、絞り出すような声。

 いつもの溌剌さは、どこにも見えない。


「適当にお願いするわ」

「何食べても同じでしょ、こんな店」

「急がせてね」

「わたくしたちが空腹で死んだら賠償よ? 払えないでしょ? 一生掛かっても。きゃはっ」


 ガリ……っと、奥歯を噛む音がして、一拍後にキッカさんはなんとか言葉をひねり出した。


「少々……お待ちください」


 頭を下げてこちらへと戻ってくる。


「……タマちゃ……シェフ。オーダーを……」

「はい。承りました」


 彼女たちの目を気にして、ボクをシェフと呼ぶ。

 つらそうに歪んだ顔からは、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。これ以上、キッカさんにこんな思いをさせたくない。


「食材が足りませんね」


 なるべく明るい声を意識してそう告げる。


「キッカさんとアイナさんで食料庫を見てきてください」


 食料庫には何もない。

 けれど、ここにいさせるより何倍もいい。

 そこで、このお客様たちが帰るまで時間を潰していてもらおう。


「なら、【ハンティングフィールド】で狩りを……」

「ねぇ、聞きました、お母様。『狩り』ですって。野蛮ねぇ~」


 キッカさんの言葉にかぶせるようにイザベラがいやらしく言う。


「生き物を殺すなんて、神経がどうにかなっている証拠ですわよねぇ」


 エレーネがそれに続ける。

 そして。


「仕様がないでしょう。あの子はもともと『あぁいう子』なのだから」


 マダムが冷たく言い放つ。


「無様で、薄汚れて、狂気的で……我が家の名を汚す欠陥品には、お似合いの生き様だわ」


 とどめとばかりに心を抉るような言葉をまき散らす。


「タマちゃん……ごめん」


 消え入りそうな声で呟いて、キッカさんが足早に従業員スペースへと逃げ込んでいく。

 アイナさんへと視線を送り、キッカさんを追いかけてもらう。

 どうか、そばにいてあげてください。キッカさんが一人で悲しい思いをしなくても済むように。

 独りぼっちというのは、本当に……死にたくなりますから。






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