「あ~らら。逃げちゃった」
「お姉様がいじめるからですわ」
「だって、あいつムカつくんだもん。劣等種のくせにウチの名前をかたってさ」
「た~し~か~に。迷惑よね~ぇ?」
「お父様もさ~ぁ、な~んで妾の子なんかをウチに迎え入れちゃったんだろう?」
「おやめなさい、イザベラ」
姉たちのおしゃべりをマダムが止める。
殺気立った雰囲気で。
「我が家の恥を他所様の前で口にするのはおやめなさい。エレーネも」
「「ご、ごめんなさい、お母様……」」
「あの子はわたくしの娘です…………………………非常に不愉快ではありますけれどね」
タンッ――と、テーブルにグラスが叩きつけられる。
やったのは、ボクだ。
「お水です」
ボクは今、にこやかに笑えているだろうか。
「本日は、当店のシェフであるボクがお勧めする料理をご堪能いただきたいと思います。しばしお待たせするご無礼、どうかご容赦ください」
頭を下げ、カウンターの中へと戻る。
空気が張り詰め、雑談は止まっていた。
……妾の子。
キッカさんは、この家の中で居場所がなかったのだろう。だから、外の世界へと飛び出した……の、かもしれない。
タコの足を薄く切り、オリーブオイルとレモン汁でさっぱりとカルパッチョにする。
まずは前菜。その後でスープを出す。【歩くトラットリア】特製のコンソメスープだ。
「あら。意外といけるわね」
マダムがそんな感想を漏らす。
キッカさんがタコを好きだと言っていた。
生まれた街が海のそばだと。思い出の味だとも。おそらく、タコがよく食べられる地域なのだろう。
なら、このマダムたちもタコが好きである可能性が高い。
刻んだハーブと片栗粉を、ぶつ切りにしたタコにまぶし、オリーブオイルで揚げ焼きにする。
タコと香草のカリカリ焼き。ワインとよく合うおつまみになる。
香草の香りともよく合う、辛口の白ワインを提供する。
「まぁ……これは」
感嘆の声が漏れ聞こえてくる。
お気に召したのか、マダムはグラス一杯をあっという間に飲み干してしまった。
「ねぇ、シェフ。あなた、腕がいいのね。褒めて差し上げるわ」
「どうも」
軽く会釈をして、メイン料理に取りかかる。
タコとイカ、それからアサリを使ったなんちゃってパエリアだ。
米からフライパンで炊きあげるのではなく、出来たご飯に味付けをするお手軽バージョン。
ダシが染み込み過ぎで味付けがしつこくなるのも防げ、あっさりと何杯でも食べられる味になる。
「美しさには欠けるけれど、わたくし好きだわ、この料理」
「まぁ、及第点というところね」
「目障りな小間使いがいなくなったからかしら、一層美味しく感じるわぁ」
「ホント、その通りね」
イザベラとエレーネがそんな会話をする。
今ボク、包丁持ってるんですけどね。
「ところでお客様。お食事代金はきちんとお持ちですか?」
ボクにそう問われて、マダムがあからさまに不機嫌そうな顔を見せる。
「誰に物を言っているつもりなの? わたくしたちを誰だと思っているのかしら?」
「存じ上げません。異国の一般人にまで興味はありませんので」
「一般人ですって!?」
机を叩いて立ち上がるマダム。
「わたくしたちは、海洋都市ゼザル有数の貴族、クランボーン家の者なのですよ!」
「さぁ、存じ上げませんけれど?」
「くっ……これだから田舎者は!」
青筋を立てて、マダムは指に、首に、服に、帽子に付けた宝石、貴金属類を見せつけ始める。
「この世界に出回る宝石の30%はわたくしたちクランボーン家を通して世界へ流通しているのです。名を知らずとも、その恩恵は必ずや受けているはずだわ!」
「いや、ボクは宝石とか持ってませんので」
「あなたが持っていなくとも、この街や、あなたの所属する団体、その団体が所属する都市、国、連合が宝石を必要とし、収益を上げているのよ! あなたが汗まみれになってせこせこ稼いでいるお金は、そういうところから発生しているの! いい加減に理解なさいましっ!」
声を荒らげるマダムに向かって、腕を組んで首を傾げ、「う~ん……」と頭をひねってみる。
どこの国にも団体にも所属していないボクには、やはり無関係の代物だと思える。だが、それを言ってもこのマダムは聞き入れることはないだろう。
自分が思うことが真実。絶対の正義。そういうタイプだ。
二人の姉たちも、マダムの言うことにいちいち頷いているし、周りの男たちも同様だ。
なので、質問の方向性を変えてみる。
「……で、それの何がすごいんですか?」
「………………はぁ?」
少し固まった後で、呆れたような表情を見せるマダム。
「いえ。随分と偉そうにされているので、偉い方なのかと思ったのですが、宝石をたくさん持っているというだけで……」
「取り扱っているのよ! 宝石の支配者なの!」
「あぁ、失礼。宝石をたくさん取り扱ってらっしゃると、そういうお話でしたね」
「その通りよ」
「……で、それの何がすごいんですか?」
空に浮かんだ豚の顔でも見るように――まぁつまり、あり得ない物を見るように目を大きく見開き頬を引き攣らせるマダムご一行。
ん~、まだ理解出来ないのかなぁ?
本当に話の通じない方たちだ。
……いや、他人の気持ちが分からない人たち、と言うべきかもね。
知らず、ボクの口からはため息が漏れていた。