「あのですね。先程から度々、キッカさんを見下すような言動が見られましたので、一体どれくらいすごい方たちなのかなぁ~と思ったのですが……大したことないですよね、みなさん」
満面の笑顔でそう伝える。
この人たちには、誇れるような物は何一つとして存在していない。
少なくとも、キッカさんをバカに出来るような人間では、決してない。
「……料理人風情が、言ってくれるじゃないの…………」
太い血管を浮かび上がらせ、マダムが男たちへと合図を送る。
「……潰しなさい。こんな店」
「「「へい!」」」
男たちが一斉に剣を抜き近場にあった椅子や机を蹴り上げて破壊……しようとして、出来なかった。
「申し訳ございませんね」
剣を抜こうとした体勢で、椅子を蹴り上げようと脚を持ち上げた格好で、男たちは金縛りに遭ったように固まっている。
「当店は【歩くトラットリア】――お食事を楽しんでいただく場です。ですので、店内での乱暴は禁じられております」
「な……何をしたの、あなた!? 魔法使い!?」
何もしてませんよ、ボクは。
男たちの動きを封じているのは、この【歩くトラットリア】だ。多少のイタズラは大目に見てもらえるが、純粋な暴力は封じられる。
この店の中では、いかなる破壊行為も認められない。
「さぁ……『お座りください』」
「ひっ!?」
ボクが言うと同時に、マダムは強制的に着席させられる。二人の姉たちも同様だ。
今現在――お師さんが店内にいないこの時間の責任者はボクだ。
誠に残念ながら、当店はお客様を選ぶトラットリアでして……度が過ぎるお客様には少々お説教をさせていただくというルールになっております。
今、この場所において、お客様たちはボクの言葉には逆らえない。
「まずお聞きしたいんですが、冒険者のどこが野蛮で薄汚いのでしょうか?」
「そ、それは……泥まみれで、何日もお風呂にも入らず、洞窟にこもったりして……それに、生き物も殺しますし……」
「その『生き物』というのが、人間に危害を加える獰猛な魔獣でも、野蛮ですか?」
「わ、わたくしは、……しませんもの。そんなマネ」
強制的に質問に答えさせられるマダム。姉たちははらはらした目で事の成り行きを見守っている。
男たちは、不自然な体勢がつらいのか、汗をびっしょり搔いている。
「今、あなたが食べたタコも『生き物』ですよ。生き物を殺して、あなたはそれを食べたんです」
「わたくしが殺したんじゃありませんもの!」
「なるほど。殺すのが罪で、食すのは無罪と……殺す人がいなければ、どんな料理も食べられないのですが? あなたは人に罪をなすりつけて自分は知らん顔を平気でするんですね」
「しょ、職業を選んだのはその方たちでしょう!? 嫌なら別の仕事に就けばよかったのよ。まぁ、お金のない人たちには職業を選ぶ自由なんてないのでしょうけど」
また、お金か。
「随分とお金を持っていることにプライドをお持ちのようですが、お金ってそんなに偉いですかね?」
「お金で買えない物はないわ! お金がなければ、命すら捨てなきゃいけない時があるのよ」
そこで、にやりとマダムが笑った。
「あなたは、キッカを庇おうとしているようだけど、そのキッカだって同じなのよ」
「同じ……とは?」
「血統で劣るあの子は、冒険者として名を上げて我がクランボーン家に相応しい人間になると家を飛び出していったのよ。なのに……ふふ、泣いて縋ってきたのよ? 『お金をくださ~い』って、ほほほほ! 今思い出しても笑えるわ、あのみっともない顔。八歳の頃だったかしらねぇ、家を飛び出して一年もしないうちに泣きながら逃げ帰ってきて、門の前で土下座をしたのよ。大雨の中で、泥まみれになって、ガタガタ震えてね――あの時貸したお金、いまだに返してもらってないわね」
つまり……
八歳の幼い少女が冒険者なんて危険なものになろうと家を飛び出したのに、それを止めようともせず、あまつさえ、無力な少女が大雨の中土下座するような状況を笑って見ていたと……
冒険者は甘い職業じゃない。大の大人だって命を落としたり、魔獣の恐怖に負けて剣を握れなくなったりするのだ。八歳の少女には過酷過ぎる。
きっと、思い通りに行かなくて、どんなに頑張ってもお金が稼げなくて……だから、盗賊なんて職業に就いたのかもしれない。それしか、道がなかったから。
それでも、キッカさんは必死に食らいついた。それしかないと、冒険者を続けようとした。
そのために、土下座までしたのだ。諦めないために。戻りたくなどなかったはずの家の前で。
それを笑い飛ばせるこの人の心は……どこかが壊れているとしか思えない。
ボクは今、久しぶりに怒っていたりする。
アイナさんを含む冒険者をバカにしたこと。
そして、キッカさんの笑顔を奪ったことに。
本当に……許せない。