「キッカさんが借りたというお金は、ボクが立て替えましょう」
「あら? あなたに出来るの? 相当な額よ?」
なぜか勝ち誇るような笑みを浮かべるマダム。
「大丈夫でしょう。今回のお会計から差し引かせてもらいますので」
そう言って、食事料金が書かれた紙を差し出す。
そこには、小さな国が丸ごと買えるような金額が書かれている。
「なっ!? こ、こんなお金、法外だわ! ぼったくりよ!」
「いいえ。適正価格ですよ」
「タ、タコを食べただけじゃない!」
「場所代です」
「場所代?」
「ここにお店があってよかったでしょう? つまり、これはあなたたちの命の料金です」
「……ど、どういう、意味よ?」
彼女たち……よりも、彼らをよく観察すると分かってくることがある。
傷だらけの鎧。疲弊した顔つき。彼らは長い間戦い続けている。そして、消耗している。
余裕があるなら、街に着いてからマダムの言うようなグランメゾンに行けばいいのだ。だが、そうしなかった。
なぜか。
この一行は道中でトラブルに見舞われたのだろう。
例えば――あるはずの町が丸ごとなくなっていた、とか。
そもそも、エドガーが「古い食堂に見える建物」へ、「一人で」様子を窺いに来たのだ。
それは、町に着いてみたものの「本当に安全かどうかが確認出来ない状態」、つまり、町が壊滅状態になっていたということを表している。
「こんな場所に、これほど美しい女性がいるお店があるなんて」と、エドガーは言っていた。
もしここが普通の町なら、美しい女性がお店にいても不思議ではない。
そういう状況と、護衛の男たちの疲弊した様子を合わせて考えると……
「みなさんは食料が底を尽き、縋る思いでこの町へ来たんですよね?」
「……っ!?」
ボクの予想が正しいことは、マダムと姉たちの表情が証明してくれた。
「けれど、かつて存在していたはずのこの町は随分と廃れていた……食料など期待出来ないほどに」
ごくりと、マダムが唾を飲み込む。
「もしこの店が、今ここに存在していなければ、あなたたちは飢えて死んでいたかもしれない……だから、この値段なんです。とても偉いのだというあなた方の命の値段なんですから、高いのは当然ですよね?」
「で、でも……、りょ、料理の値段は、そんなにしない、はずだわ」
「では値下げしますか? いいですよ、いくらでも。あなた方の命の価値を、あなた方自身で貶めていってください。パン一個と同じ値段でもいいですよ? あなた方が、『自分はパンと同じ値段の人間だ』と胸を張って言えるのでしたら」
マダムは何も言わない。
まぁ、ボクにとっては、あなたたちはパンほどの価値もありませんけどね。
「お金は偉いんですよね? なんでも買えるんですよね? なんで飢えていたんです、今まで。買えばよかったじゃないですか、食料を」
「街が……お店がなかったのよ」
「関係ないですよ。だってお金は偉いんでしょ?」
「お店がなければお金があったって……っ!」
「キッカさんなら、お店がなくても難なく食料を手に入れられるでしょうね」
誰も、何も言わなかった。
このマダムの護衛たちは、きっと魔獣を殺さずに撃退していたのだろう。だって、生き物を殺すのは『野蛮』なのだから。疲弊が激しいのもそのせいかもしれない。
「お金、キッカさんより役に立たないじゃないですか」
「街に着けば……!」
「その前に死んじゃったら元も子もないですよね?」
多くの人がいて、内政が機能していて、何重にも保護された安全圏の中で、誰かが決めたルールと価値で、とある特定された小さな場所でのみ効果を発揮するお金という力……そんなものを、ボクはすごいとは思えない。
言うなればそれは、薬味のような物だ。
あれば使う。なければ、別にそれでもいい。
たった、それだけのものでしかないのだ。