現に今、お金が力だというこの人たちは飢えている。
人より多くのお金を持っていても、その飢えは癒せない。その術をこの人たちは持ち合わせていない。
この人たちの言っていることはひどく矛盾している。
それなのに、この人たちはその矛盾に気が付いていない。現実を見ようとしていない。
それはつまり、こういうことなのに……
「食べ物がないなら、道に落ちている虫の死骸でも食べたらどうですか? 殺すという罪を犯さずに済みますよ」
「だ、誰がそんなものを食べるもんですか!?」
「死んでいるタコは食べたじゃないですか。虫がダメな理由が分かりませんよ」
「虫なんて、食べるものじゃないわ! 気持ち悪いし……美味しくもないでしょ」
へぇ、美味しければいいんだ。
なら……
「もし人間が美味しければ、食べますか?」
「はぁ!?」
「そういう種族がいるそうですよ。人間が主食の……」
「タコは食べ物よ! だから食べるのよ! 人間は違うわ!」
『生き物』と『食べ物』を分けるんですか。そうですか。
「では、食べ物の定義は? 人間がダメでタコが平気な理由を教えてください」
「知能よ! 知能がなければ、その……食べたって平気なのよ。痛みとか、苦しみとか、どうせ分からないでしょ、タコは」
「いいえ」
このマダムは知らないようだが、そんなことはない。
「タコは、人間の三歳児以上の知能を持っている生き物なんですよ」
「嘘よ……そんなの」
「本当です。ということは、三歳児までなら食べられそうですね。知能、低いですから」
ついにマダムが反論を寄越さなくなった。
青い顔をしてこちらを見つめている。もしかしたら、本当に三歳児を料理するんじゃないかと疑っているのかもしれない。
「け、けど……人間を殺すなんて……非人道的だわ」
「我が子が雨の中土下座している様を嘲笑う行為も、十分非人道的だと思いますが?」
「わっ、わたくしの娘ではないもの! あいつは、あの卑しい女の血を引いた他人よ!」
その他人に縋らなければならなかったキッカさんの気持ちを思うと、胸が苦しくなる。
「……他人なら、どうなろうと構わないんですか?」
「そうよ。あなただってそうでしょう? 所詮、他人なのだし」
「………………そうですね」
所詮は他人。
「だから、ボクはあなた方が飢えて死のうが、共食いを始めようが、どうだっていい。心を痛めることもないし、咎めることもない。……魔獣が跋扈する外の世界へ叩き出したって、心配にもならない」
今この店の中では、ボクの発言力が増している。
「座れ」と言われて以降、立ち上がることすら出来ないマダムには相当の恐怖だろう。謎の力にさらされ続けることは、普通の人間には耐えられない。
「ボクはシェフですので、お客様にぴったりの食材をお教えいたしましょう」
それは、廃退した街にも、栄えている街にも、どこにでもあるモノ。
「殺すという罪を犯さず、且つ美味しいという情報があり、知能を持たないモノ……」
金の力に物を言わせて購入でもなんでもすればいい。
「……人間の死体です。死んでいれば、知能なんてないし、苦しみも痛みも感じない。ね? 完璧でしょう?」
「あなた…………どうかしているわ」
「いいえ。それはあなたです」
自分に都合のいいように事実をねじ曲げ、自分の定めた狭い世界の中で威張り散らしている。
そんな人間には、何を言う資格もない。
「タコもイカもアサリも牛も豚も鳥も……みんな生きているんです。その命を奪ってボクたちは生きながらえているんです。その事実から目を背け、感謝の気持ちすら持たないあなた方こそどうかしています。命を奪わなければ生きていけない。だからこそ敬意を表する。命の重さを決して忘れない。それが、他の生き物の命を奪うモノたちの義務です」
その場にいる、すべての者に向かって言葉を発する。
しっかりと聞け。耳を塞がず、目をそらさずに。
「生き物の命を無視して『食べ物』なんて言葉で誤魔化すような、そんな無責任さに逃げるような人間に、覚悟をもって生き物を殺す人間を非難する権利などありません。あなた方の中の誰一人として、冒険者のことを、キッカさんのことを非難する資格も、バカにする権利もありません」
ボクたちは、死ぬ覚悟と共に『殺す覚悟』も持って生きている。
その覚悟すらない人に、ボクたちの仕事について何一つ言われたくない。
まして、そんな覚悟を持って命がけで生き抜いてきた人を嘲笑うなんてこと、絶対に許さない。