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21話 食べる、ということ。 -7-

 俯くマダムの頭に向かって、言葉を突き付ける。

 この人の勘違いを正すために。


「キッカさんが土下座をした時、あなたは『勝った』と思ったんじゃないですか?」

「…………」

「真逆ですよ。キッカさんは、その一時の苦痛を乗り越えて生きながらえた。そして、自分の価値を自分の手で上げた。今も尚、彼女の価値は上がり続けています。お金などという、誰でも手に出来るような、誰かが勝手に操って価値を上下出来てしまうようなまがい物ではなく、何ものにも侵せない、キッカさん自身の、彼女にしか持ち得ない尊い価値を、彼女は持っている」


 キッカさんは強い人だ。負けても、挫けても、躓いても前向きで、諦めるなんてことは絶対しない。

 そして、そんな努力をおくびにも感じさせず、誰かのために力を貸してあげられる――誰かのために笑ってあげることが出来る、そんな素敵な人だ。

 それを笑える人間なんて、この世界にいるはずがない。


「ボクは、キッカさんを尊敬しています。誇りに思います」


 それは、胸を張って断言出来る事実。


「彼女の誇りを傷付けるような行為はボクが許しません。それから――冒険者の誇りも」


 ボクの大切な人を二人も貶めて嘲笑った罪は、『自身の蒙昧さを思い知るの刑』で許してあげようと思う。少々、怖がらせ過ぎたかも、しれないけれど。


「お代は、キッカさんが借りたお金と相殺で結構です。今すぐ出て行ってください。それから、お供のみなさん……食料をお渡ししますので、ご自分たちで適当に食べてください」


 残念ながら、あなたたちに食べさせる料理は、当店にはございません。

 野菜とタコとイカくらいしかないけれど、あとは魔獣でも狩って自分たちで食べればいいだろう。

 まさか、この期に及んでそれを『野蛮だ』などと糾弾することはないはずだから。


 もしそんな愚かなことを繰り返すのであれば……どうなっても、ボクは知らない。


「さぁ、お引き取りを」


 あるだけの食料を袋に詰めて手渡し、全員まとめて外へ放り出した。

 ……あれぇ? 心なしか、場所が移動している気がするんですけど?

 たぶん、お師さんがこっそり移動させておいたのだろう。

 マダムたちの言動を見て、街に近い場所に降ろしたのか、街から遙か遠くに降ろしたのか……それは、ここでの言動によって決められた結果だろう。ボクには知る由もない。


 大勢いた人々が一気にいなくなって。店内はまた静けさを取り戻した。


「…………あぁ」


 蹲る。


 やっちゃった……



 キッカさんのご家族に対して、ボクは相当酷い暴言を吐き続けた。ちょっと腹が立ったとはいえ、キッカさんからすれば面白くないかもしれない。

 何より、一介のシェフごときが首を突っ込むべき内容ではなかった……けど。


 泣きそうなキッカさんを見た時思ってしまったのだ。「許せない」と。

 あとは、まぁ…………アイナさんが、微かに反応したから……生き物を殺すことを野蛮だと言われた時に。


 本当は、お客様が気にする必要はないのだ。生き物を殺すこと、命を奪うことの業など。

 それは、ボクたち料理人が、お客様の分まで感謝と敬愛の気持ちを込めて調理すればいいのであって、「生き物に感謝出来ない人に料理を食べる権利はない!」などと言うつもりは毛頭ない。

 お客様は、お店で楽しく、美味しい料理を堪能してくれればそれでいい。


 ただ、あのマダムたちは度が過ぎていたので……ちょっと言い過ぎた。


「…………言い過ぎたなぁ」


 キッカさんに謝ろう。

 理由はどうあれ、ボクは醜い言葉を吐いた。それは覆しようのない事実なのだから。

 そんなことを思った時。



「タマちゃんっ!」



 キッカさんの声がして――



 ぎゅっ!



 ――っと、抱きしめられた。

 というか、抱きつかれた。後ろから。


 …………へ?


「……タマちゃん……っ」


 微かに震える声で、キッカさんがボクを呼ぶ。

 ボクよりも背の低いキッカさん。なので、顔を後ろに向けてもキッカさんの顔は見えない。俯いた頭のてっぺんが見えるだけだ。


「あ、あの……キッカさん、これは……一体……?」


 どういう状況なのか、まるで理解が及ばない。

 まさか、このまま胴体を真っ二つにへし折るつもりでは……ない、と、思いたい。

 ただ……キッカさん、かなり力こもってますっ、骨、骨が、みしみしって!


 もしかしてもしかしたら、本当に怒っているのかもしれない。

 俯いた顔が持ち上げられると、そこには般若のような暗黒の笑顔があって、ボクはそのままバックドロップを……


「…………とぅ」

「え……?」


 微かに聞こえた言葉が、聞き間違いなのではないかと思わず聞き返してしまった。

 再び、先程よりも少し大きな声でもたらされたその言葉は、ボクがさっき耳にした言葉と同じで――



「……ありがと」



 涙に濡れたその顔は、とっても……とっても、可愛かった。






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