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22話 キッカの想い -4-

 ……バカ。



「…………っ!」


 喉が痙攣する。

 バカ……タマちゃんのバカ…………

 ずっと我慢してたのに。

 どんなにつらいことがあっても、泣くもんかって、ずっとずっと我慢してたのに……っ!


 ダメだ、俯いたら涙がこぼれる。

 無理矢理に顔を上げる。……と、ドアが歪んでいた。

 ホールへ続くドア。

 この向こうにタマちゃんがいる。

 らしくもなく、怒ったタマちゃんが……


 不意に、タマちゃんの顔が脳裏に浮かんでくる。

 いつもの、無防備で、無邪気で、無神経なくらいに素直過ぎるあの笑顔が。


「…………嘘でしょ」


 たったそれだけで、あたしの顔は信じられないくらいに赤く、熱くなっていた。

 マジで……あり得ないって……


 まぶたを閉じると、大粒の雫が零れ落ちていった。

 あぁ、もうダメだ。

 これを止める方法はただ一つ。


 流させた張本人に責任を取ってもらうしかない。



 あたしは駆け出す。

 そこに剣鬼がいることを、あたしはまったく考えていなかった。完全に意識の外に追いやってしまっていた。

 頭の中にあるのは……心を埋め尽くしていたのは……


「タマちゃんっ!」


 ドアを抜けて、出口に向かってうな垂れているタマちゃんの背中に駆け寄り、力任せに抱きつく。躊躇いも恥じらいもなく。ただ、本能の赴くままに、頼もしいその背中に身を寄せる。縋りつく。


「……タマちゃん……っ」


 みっともなく震える声が漏れて、急に、理由も分からず喉に蓋がされる。

 言いたいことがたくさんあるのに、どんな言葉も出てこない。

 感情は溢れてくるのに、言葉も次々思い浮かんでくるのに、喉を覆う蓋のせいで言葉に出来ない。


 言葉にするのが、怖い。

 なんて言えばいいのか、分からない。


 なんでなのか分かんないけれど…………すごく、恥ずかしいっ。


「あ、あの……キッカさん、これは……一体……?」


 おろおろと落ち着きなく戸惑いをはっきりと見せるタマちゃんが、こっちを必死に振り返ろうとしている。

 こっち見んな。――と、腕に力を込めてタマちゃんの動きを抑制する。

 なんか、タマちゃんの骨がみしみしって言っているけれど気にしない。

 ……こんな顔、見せられるはずがない。


 でも、言わなきゃ。

 これだけは、どんなことがあっても、きちんと言葉にして伝えなきゃ。


 俯いて、タマちゃんの背に顔を隠したままで、必死に表情筋を整える。

 いつものあたしらしく、自信たっぷりで、余裕に満ち満ちた、明るく元気なキッカさん、そんな笑顔を作る。そのために呼吸と鼓動と心を落ち着ける。


「…………とぅ」

「え……?」


 くぁっ!

 声が出ない。なんでこんなに震えるの。

 いい言葉だから。

 嬉しいって気持ちを伝えるための、前向きな言葉だから。

 恐れずに、真っ直ぐ、体当たりで!



「……ありがと」



 その言葉を口にした瞬間――あたしの世界の色が、変わった。






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