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23話 アイナ、いろいろ考える -1-


★★★★★★★★★★


『生き物を殺すなんて、神経がどうにかなっている証拠ですわよねぇ』


 その言葉を聞いた時、後頭部を殴られたような衝撃を受けた。……気が、した。

 その直後にシェフと目が合って、思わず、視線を逸らしてしまった。


 ……見ないでほしいと思った。

 無数の命を奪い続けてきたわたしの顔を。

 とても、見せられるものではないと、思った。


 わたしは、神経がどうにかなっている。



 わたしは……普通の人間では、ないのだろう。




 それなのに。



『彼女の誇りを傷付けるような行為はボクが許しません』と、シェフがキッカを庇った後に付け足された――


『それから――冒険者の誇りも』


 ――そんな一言が、たまらなく…………胸をざわつかせた。



 わたしに、誇りなどあるのだろうか……






 従業員スペースの廊下から、キッカが飛び出していった。

 ドアがゆっくりと閉まり、廊下にはわたし一人だけが残る。


 先ほど、ほんの一時【歩くトラットリア】を包んでいた緊迫した雰囲気はいつの間にか消えていて、今はいつもの穏やかな空気が流れている。

 ここにいると、いろんなことを忘れそうになる。


 温かくて、心地よくて……

 これまでいた血なまぐさい世界が全部嘘だったのではないかと、そんな妄想に浸ってしまう。そんなわけはないと、分かってはいるのだけれど。


「キッカの頭……小さかったな」


 お客さんにいろいろと言われ、キッカの心は弱っていた。泣きそうになるのを、何度も必死にこらえていた。

 そんな時に、わたしに寄りかかってくれた……

 キッカがわたしを頼ってくれたようで、嬉しかった。


 その時に触れた頭は、本当に小さくて、可愛かった。


 なんとなく、自分の頭を触ってみる。

 少し、硬い。

 キッカの髪はふわふわで柔らかくて、撫でると気持ちよかった。


 あ、そうそう。

 ……鎧は着ているが、ガントレットは外している。それは飲食店の常識だ。手は、清潔に。

 いや、なんとなく……このタイミングで説明が必要な気がしたから……なぜだかは、分からないけれど。


 話は逸れたが、キッカの髪の毛は気持ちがいい。

 寝る時も、気が付くと撫でていることがある。あぁいう動物がいれば、きっと人気者になるだろう。


 キッカネコ……萌える。


 一方、わたしの髪は硬い。

 まるで、髪の毛までもが凶器だ。わたしにはお似合いだ。

 キッカのような、可愛らしい髪は、キッカだから似合うのだ。


「…………」


 自分の頭をしばらく撫でてみる。もはもは、もふもふ。

 しかし、やっぱりというか……全然気持ちよくなかった。撫でている手も、撫でられている頭も。……むぅ。つまらない。



『むはっぁああ!?』



 突然の大声に、肩がビクッと震える。

 今のはキッカの声?

 何があったのだろうかと、慌ててドアを開けフロアへと向かう。


「ご、ごごごご、ごめっ、ご、ごめ……ご、ご……」


 キッカが今にも大空に羽ばたいていきそうな格好で固まっている。

 その向かいには、両手で頭を抱えて固まるシェフがいた。


 ……なにごと?






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