「アイナさん。髪、くしゃくしゃってしました?」
「い、ぃいぃぃいや、そんなことは……っ」
あ…………した。
自分で自分の髪を撫でてみて、全然気持ちよくないなって……
「もう。ダメですよ、ちゃんと身だしなみしないと」
そう言って優しく指で髪を梳いてくれる。
すーって指が髪の間を通っていって…………すごく気持ちいい。
これは、幸せな感触……
「…………」
「…………」
「「………………んんっ!?」」
二人して、同時に声を漏らす。
いや、待ってほしい。この状況というのは、とても……
「ぁ……ぁう…………」
とても恥ずかしい状況なのではないだろうか?
いい大人が、髪を撫でてもらって喜んでいる様というのは、みっともないのでは?
それも、自分では全然だったのに……
シェフに撫でてもらうのは気持ちいい、なんて……
「――っ!?」
穴を掘りたいっ!
そういう言葉がある。要するに、「重労働で気を紛らわせなければいけないくらいに恥ずかしい」という意味だ。
それくらい、今、恥ずかしい。
シェフの指が、わたしの髪を、撫で…………ぁぁぁぁぁあああああっ!?
「ごっ、ごめんなさい! か、勝手に髪なんか触っちゃって!」
「い、いや、こちらこそっ! わたしの髪など、撫でても楽しくもないものを……気遣い、痛み入る!」
「そんなことないですよ!」
「痛み入っている! 確実に!」
「いや、痛み入ってくださってるのは否定してないですよ!?」
では、「そんなことない」とは?
「アイナさんの髪……その、撫でるのって、いいなぁ…………って、ごめんなさい! 忘れてください!」
いい?
それは、えっと……楽しい……の、だろうか?
こんな、硬く、鋭く、ふわふわもしていない赤い髪が……
「硬くは、なかっただろうか?」
「しっとりとしてはいますけど、硬いとまでは。まとまりのある髪だなとは、思いますけれど」
「さ、刺さらなかっただろうか!?」
「刺さりませんよ。サラサラで、その……綺麗な、髪だと、思います……」
き……れい……な、髪……わたしの赤毛が、『綺麗な、髪』?
「えっと、あのっ、け、決して変な意味ではないのですが……」
曲げた人差し指で頬を掻きながら、視線を外してシェフが言う。
「アイナさんの髪、とっても気持ちいいです……よ?」
「きも……っ!?」
……ち、いい?
え、気持ち……いい?
こんな、硬くて鋭くて可愛くない髪が……シェフにかかればしっとりしてさらさらで気持ちのいい髪になるというのか…………気持ちいい……
思わず口を押さえる。
声が、漏れそうになった。
がらにもなく叫びたくなった。「嬉しいっ」って。
「褒められて嬉しい!」
「気に入ってもらえて嬉しい!」
「撫でてもらえて、すごく嬉しい!」って。
けど、言えるはずもないので……
「……し、失礼する」
わたしは逃げ出した。
心臓が、限界だった。
熱が上がったように視界が揺れる。滲む。――色めき立つ。
いや、色めき立っているのはわたしか……
ふわふわと安定しない足元を必死で蹴って、真っ直ぐに従業員用のドアへと飛び込む。
まるで、雲の上を歩いているような、そんなふわふわした気分だった。