考えるんだ……アイナさんが元気をなくした理由を……あのマダムたちか?
やっぱりその可能性が高いような気がする……冒険者のこと、酷く言っていたし…………くそう、あんな軽い刑罰ではなくもっと痛めつけておけばよかった……キャベツのように!
…………あ、それは「炒める」か。
とにかく、理由が明白ではない以上、原因を取り去ることよりも、感情を上書きする方が得策だろう。
そう、楽しいお話で気分も楽しくなってもらうのだ。
アイナさんが喜びそうな話題といえば…………抱き枕にするくらい仲のいいキッカさんの話だろう!
よし。さりげな~い感じを演出して、自然な感じで……
「あ、そういえば。ありがとうございます」
くっ、第一声がちょっとひっくり返った!
「え? …………なに?」
聞き返されたぁ!
しかし、動き出した会話を止めるのは愚策! 行ってしまえ! 突き進んでしまえぃ!
「キッカさん。そばにいてあげてくれて、ありがとうございました」
「あ、……あぁ。いや。礼には、およばない」
よしよし、この感じで「キッカさん、元気になってよかったですねぇ~」「そうだね~」みたいな流れに持っていこう。
「きっとキッカさんは、独りぼっちだとつらかったと思うんですよね、ああいう時」
…………ん? あれ?
なんだか、アイナさんが黙ってしまった。……あれ?
「……アイナさん?」
「いや……なんでもない」
なんだろう?
なぜアイナさんは、あんな寂しそうな顔をするのだろう……?
「…………シェフ」
「はい?」
「……介錯を、お願い出来ないだろうか?」
「なぜ腹を切る流れに!?」
読めない!? まるで読めません、アイナさんの心が!
「あの、アイナさん」
「…………キッカの様子を見てくる。怪我を、していると困る、から」
ふらりと、アイナさんが立ち上がる。
「あっ、アイナさん。ちょっと待ってください」
それを、ボクは止める。
立ち上がろうとする肩に手をかけて。
……ぼ、ぼでーたっち。
い、いや。大丈夫。
変な意味合いではない。
やましい気持ちはこれっぽっちしかない!
……ボクの正直者めっ!
「さっきから気になってたんですよね」
よし、そうだ。
誤魔化そう。
「髪の毛、跳ねちゃってますよ。直します」
そうそう。
もともと、それが気になって呼び止めたのだ。
「少し、動かないでくださいね」
まるで、寝起きのようにもはもはに絡まった髪。
キラキラと輝くアイナさんの赤い髪が、折角のツヤが、もはもはになってかき消されている。
もったいない。
「アイナさん。髪、くしゃくしゃってしました?」
「い、ぃいぃぃいや、そんなことは……っ」
本当は、きちんとブラシを通したいところだけれど、今は手櫛で…………あぁ、さらさらしっとり…………気持ちいい……っ。
指の間をするすると通り抜けていくアイナさんの髪の毛の、なんと高貴なことか。
上質なシルクでも、この肌触りは超えられない。
「もう。ダメですよ、ちゃんと身だしなみしないと」
そう言って、しばし無言で髪の毛を整える。
アイナさんをチラッと見ると、まぶたを閉じて……少し、笑っていた。
「…………」
「…………」
無言で、心地のよい時間が過ぎていく。
そして。
「「………………んんっ!?」」
途端に恥ずかしくなった。
というか、汗が……止まらなくなった。
こ、これって…………客観的に見たら、セクハラ、なのでは?
ボ、ボクは、先輩という、ほんのちょこっとだけ立場が上だというささやかな権力をフルに活用し、問答無用で従業員の体に触れるエロ上司に分類されるのではないだろうか!?
それはマズい!
最悪、営業停止……いや、裁判の後……死刑だってあり得る。
カンカンッ――と木槌が打ち鳴らされて……
「被告、エックハルト・ブラウナーは……キモい! よって、有罪! 死刑!」
みたいなことになる可能性もなきにしもぉぉぉお!?
謝ろう!
全身全霊で謝ろう!
「ごっ、ごめんなさい! か、勝手に髪なんか触っちゃって!」
「い、いや、こちらこそっ!」
なぜかアイナさんに謝られた。
それも、全身全霊で。
「わたしの髪など、撫でても楽しくもないものを……気遣い、痛み入る!」
「そんなことないですよ!」
「痛み入っている! 確実に!」
「いや、痛み入ってくださってるのは否定してないですよ!?」
そうじゃない。
そうじゃないですよ、アイナさん。
「アイナさんの髪……その、撫でるのって、いいなぁ…………って、ごめんなさい! 忘れてください!」
なに口走った!?
こういう時には壁に頭をっ! ……いや、アレのし過ぎでボクの思考回路はおかしくなったんじゃないかと、最近思い始めたところだ。脳細胞を、もう少し大切にしよう。
「硬くは、なかっただろうか?」
さすがにこの期に及んでもまだアイナさんの髪を撫で続けるなんていう勇気も、精神力も、魂のキャパシティもなく、ボクが指の間に残るうっとりするような感触を失わないようにしっかり心に刻みつけているまさにその時、アイナさんが恐々とした面持ちでそんな問いを投げかけてきた。
硬い?
まさか。
「しっとりとしてはいますけど、硬いとまでは。まとまりのある髪だなとは、思いますけれど」
「さ、刺さらなかっただろうか!?」
「刺さりませんよ。サラサラで、その……綺麗な、髪だと、思います……」
綺麗な髪とか、どの口がほざいたの!?
ちょっと舞い上がり過ぎじゃないかな、ボク!?
「君の髪……綺麗だよ」……なんてキザなセリフ、ボクに似合うわけがないのに!
……くぅ。覆水盆に返らず。
一度口から出た言葉は取り戻せない。ならばせめて、その言葉の根底にある感情がエロや髪フェチの変態要素ではなく、純粋な賛辞であるという弁解を。
「えっと、あのっ、け、決して変な意味ではないのですが……」
せめて、照れ隠しに。
変に思われませんようにと、願いつつ……
「アイナさんの髪、とっても気持ちいです……よ?」
「きも……っ!?」
キモいって言われたぁぁぁああああああああああああああああああっ!?
それも、間髪入れずに…………
両手で口元を押さえて、こっちに背を向けて……
「……し、失礼する」
そして、逃げられた…………おぉう、ゴッド……
ボクは今日、セクハラを働き、大切な人にキモがられてしまいました。
……ボクの明日は、どっちだ?