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24話 シェフとキッカと剣姫 -3-


★★★★★★★★★★


 な、なんだ、あの甘い空間は……


 えっと……恥ずかしながら、タマちゃんに抱きついて、お礼を言って、ふと冷静に自分を顧みた瞬間恥ずかしくなって、慌てて逃げ出して、勢いそのまま廊下に突っ込んだら、廊下を走っている時に、積んである荷物に足の小指をぶつけて、その痛さに飛び退いたら後方の壁に後頭部を強打して、悶え苦しみながら廊下に倒れたところへ、積み上げてあった荷物の箱が崩れて覆いかぶさってきた…………落ち着け、あたし。


 で、なんとかかんとか段ボールの下から這い出し……っていうか、この軽い箱が『段ボール箱』という名前だと教えてもらったのはつい先日で、世の中にはすごい物があるんだなと実感したものだ。こんなに軽い箱があるなんて。海洋都市ゼザルにあったのは、空でも持ち上げるのが大変な木箱ばかりだったから。

 木箱だったら大怪我確定の大参事だったはずだけれど、積んであったのが段ボールだったので、さほど大したケガはなく、なんとかかんとか段ボールから這い出して、ちゃんと積み直して、整頓して、軽く八つ当たりをして……気が付いたらちょっと冷静になってた。


 それで、このまま逃げちゃったら、明日からタマちゃんと顔を合わせづらいと思い直して、ちゃんと謝りに行こうって、急に変なことしてごめんって謝ろうって、フロアへのドアをそっと開けたら……タマちゃんが剣鬼の頭を撫でていた。……見つめ合って。


 ……チクッ。


 嘘だ……

 ついさっきまで、そんなこと考えてもいなかったのに……


 タマちゃんと剣鬼が仲良くしているのを見て、胸が痛んだ。

 ……なんて冗談だろう。ホントもう……シャレにならない。


 そっと、ドアを閉める。



 よし、見なかったことにしよう。



 回れ右をしてその場を離れる…………


 待ってよ。

 逃げるの?

 いいの、それで?


 足が、止まる。


 確かに、あたしはこれまで何度も剣鬼に戦いを挑んで、そのことごとくで敗れてきた。

 もっとも、まるで相手にされていなかったみたいだけれどね!

 ……いや、今はそんな怒りはともかくとして。


 あたしは、剣鬼には勝てない。

 それは、もうずっと前から気が付いていた。分かっちゃうよ、そりゃ。面と向かうだけで。格が違い過ぎるもん。

 でも、自分の事情で諦めるわけにはいかなかった。それだけ。

 意地になって、出来もしないのに、それを理解しているのに、食ってかかって……


 けど、不可能だとは思わなかった。

 あたしも、短期間でぐんぐん成長したし、このペースで成長していけば、いつかは剣鬼を超えられるかもしれないって、0.001ミリくらいなら思えた。信じられた。


 でも、もう、剣鬼と命を懸けて剣を交えることは出来ないだろうな……あの抱きつき娘。妙に頭を撫でるのが上手で、最近はちょっと、ほんのちょ~~~~~っとだけ、楽しみになっているくらいだ。


 だから、いつしかあたしは諦めていた。

 剣鬼には、もう勝つことは出来ないんだろうなって。

 そして、それならそれでもいいか――って、思えた。


 けど……


「はぅっ!? キ、キッカ!」


 ドアを勢いよく開け、剣鬼が従業員スペースの廊下へと飛び込んでくる。

 顔は真っ赤で、らしくもなく口元を緩ませて、なんでかちょっとだけ泣きそうな目をして。


 あぁ、くそ。

 女のあたしが見ても可愛いんだもんな。そりゃ、男ならまいっちゃうよね、こんな表情見せられたら。

 強敵過ぎるでしょ、あんた。


「あんたはさ……お姫様なんだね」


 タマちゃんにとっての。

 髪を撫でられ、愛情を注がれて……自覚は、ないんだろうけれど。


「お、お姫、さま?」


 さっきまでもはもはしていた髪が、綺麗に均されて、つやつやと光を反射させている。

 羨ましいくらいにまとまりのあるさらさらヘア。あたしみたいにあっちこっちに飛び跳ねる柔毛じゃない。そのしっとり感、半分でいいから寄越せと言いたい。


 ……出来たら、その余ってる乳も半分くらい…………いや、それはいい。


「はぁ…………」


 心臓が、震える。

 緊張、してる。


 剣鬼と対面する時は、いつも緊張する。

 格上の相手。本気を出されれば、一矢すら報いることも出来ずに負けてしまう圧倒的な力の差がある相手。

 そんな相手に、立ち向かっていく。


 手強いなぁ、ホント。


「…………ふっ」


 なのに、なんでか……楽しいな、今。

 鬼よりも姫の方が手強く感じるなんて……人生、何があるか分かんないなぁ、ホント。


「キ……ッカ?」


 あたしを見て小首を傾げるあんたに、はっきりと言っておく。

 宣戦布告よ。


「今度こそ、絶対負けないからね――『剣姫』!」


 あたしの一世一代の告白を、剣姫は相変わらずののんきな顔で、きょとんとして聞いていた。

 しっかりしなさいよ。あんたは、あたしのライバルなんだから。――ね、剣姫。






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