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25話 アレの名は -2-


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 様子がおかしい。


「お、おはっ……おはようございます!」

「う、うむ…………おはよう……ござい、ます」

「な、なにさー、二人とも変な声出しちゃって、あははー、変なのー」


 順に、声がひっくり返ったボク、視線を逸らしたままのアイナさん、明後日の方向へ笑顔を振りまくキッカさんだ。


「なんじゃ、楽しそうじゃの~」


 そして、ここ一番では絶対に姿を見せないお師さん。


「どこ行ってたんですか? 結構大変だったんですよ」

「う……ご、ごめんね。ウチの身内の者が……」

「あっ、いえ! そういうつもりで言ったわけでは……!」

「あ、うん。大丈夫。分かってる分かってる。タマちゃんは、だって……あの時、あたしのためにあんなこと言ってくれて……………………ふぐっ!?」


「ふぐっ!」と叫んで、フグのように顔をぱんぱんに膨らませるキッカさん。

 みるみる顔が赤く染まっていく。


「あー! なんか暑いねー今日ー! ドア、開けちゃおうっかなぁー! 窓ないからねーこの店ー! よぉ~し、ドア開けちゃうぞー! えい! そして、てーい!」

「キッカさん!?」


 ドアを開けて、そのままドアの外へと飛び降りたキッカさん。

【ドア】は移動中で、キッカさんの姿がみるみる小さくなっていく。


「キッカさぁぁぁあああん! 止まって! 【ドア】、ストーップ!」


 ぎゅぎぎぃぃぃい! と、【ドア】が足を踏ん張って急ブレーキを掛ける。

 遙か彼方に、豆粒のようなサイズのキッカさんが微かに見える。……遠い。


「とにかく、早く戻ってきてくださ…………いぇぇぇええ!?」


【ドア】から顔を出してキッカさんを見ていると、巨大な魔獣が空から舞い降りてきた。

 凄まじい速度で降下してくる魔獣は、明らかにキッカさんを捕食するつもりで狙っている。

「キッカさん、逃げてぇ!」


 いくらキッカさんが強くても、あんな大きな魔獣が相手では危険だ。

 翼を広げると10メートルはありそうな巨体だし、何より相手は空を飛んでいる。

 対処のしようが……


「助けに行くっ!」


 ボクの後ろを風が吹き抜け、少し遅れて甘い香りが鼻をくすぐる。

 アイナさんが外へと飛び出していった。

 地面に着くなり猛スピードで駆け出すが、キッカさんとの距離は数キロも離れている。さすがに間に合わない。

 魔獣が爪をギラつかせてキッカさんへと襲いかかる。


「剣技――神速剣×気走りっ!」


 アイナさんの振るった剣から、濃密な空気の層が生み出され飛ぶ斬激となって空を翔る。

 以前見た気走りよりも数段、数十倍ほど早い速度で飛ぶ斬激。

 あっという間に数キロを駆け抜け、巨大な魔獣の体を貫く。


『ガァァァァァアアアアアッ!』

「ぎゃぁぁあああああああ!?」


 魔獣の断末魔に続いて、キッカさんの悲鳴が轟いた。

 …………うん。この向きで斬激飛ばしたら、魔獣の向こうにいたキッカさんも危ないですよね。……いやぁ、キレーに貫通しましたもんねぇ。威力、一切死んでなかったんだろうなぁ。


 土埃を上げて、驚異的な速度でキッカさんが駆け戻ってくる。

 目指す先にはアイナさん。……マズい。激突する。


「【ドア】! 二人のもとへ! 急いで!」


【ドア】の足は速い。

 おそらく、アイナさんやキッカさん以上だ。


「キッカ!」

「剣姫ぃ!」


 音色の違う声で呼び合う二人。

 アイナさんは歓喜の。キッカさんは憤怒の。


「無事でよかった!」

「どの口が言う!?」


 キッカさんが固く握りしめた拳を振り上げる。

 間に合え!


 キッカさんがアイナさんの前へと到達する直前、【ドア】から飛び出したボクが二人の間に体を割り込ませる。


「きゃあ! タマちゃん!?」


 勢い余って、キッカさんがボクへと突っ込んでくる。

 急ブレーキを掛けたようだが、体は止まりきらず――とすっ――と、ボクの胸にキッカさんが飛び込んできた。


「うひゃぁあ!? ご、ぎょっ、ぎょめんなしゃい!」


 近付いてきた時以上の速度でキッカさんが離れていく。

 遠ぉ~~~~くへ。


 いや、戻ってきてくださぁーい!


 しゃがんで、手を前に出し、「ちっちっちっちっ……」と、ネコを呼ぶようにキッカさんを呼び寄せる。


「ネ、ネコじゃないもん!」


 赤い顔をして、それでもキッカさんは戻ってきてくれた。

 そんな真っ赤な顔で怒らなくても……ちょっとした冗談なのに。ネコっぽいから。


「キッカ」


 名を呼ばれ、キッカさんがアイナさんを見る。

 また怒り任せに睨むのかと思いきや……なんだか気まずそうな雰囲気の視線を向けて、すぐに逸らした。そしてもじもじ……ん? なんだろう?


「ま……まぁ、さっきの攻撃は、正直魔獣の爪より百倍怖かったけど…………い、今のでチャラ……ってことで、いいわ」


 髪の毛で顔を隠すようにして、キッカさんはさっさと【ドア】の中へと入ってしまう。

 ……なんだろう?


「あの、アイナさん」


 アイナさんは何か知っているのだろうかと視線を向けてみるも……


「どういう、意味だろうか?」


 アイナさんもよく分かっていないらしい。

 そもそも、アイナさんは自分の攻撃がキッカさんを襲いかけていた事実に気が付いているのだろうか?

 まさか、「自分は余裕で回避出来るから、他の人も同じなはず」的な発想を持っていたりして……やめてくださいね、ボクにアイナさんレベルの何かを求めるのは。






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