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25話 アレの名は -3-

「あ、そうだ」


 こういうことは、一回一回、ちゃんと言葉にするべきだと、ボクは思う。

 なので、言っておく。


「ありがとうございます。キッカさんを助けてくれて」

「い、いや……別に、これくらいは、当然、だから」


 アイナさんは、どうにも感謝をされることに慣れていないようだ。

 いつも俯いて、前髪をいじり始めてしまう。

 最近になってようやく分かった。

 アイナさんのこのポーズは、照れている時のポーズなのだ。おそらく無意識でこうしてしまうのだろう。

 ……そういうところを知ると…………可愛さ倍増するよね。


「優しいですね、アイナさんは」

「そんなことは……っ!?」


 驚いたような顔でこちらを向き、大きな声で否定しかけて、口籠もって……


「……ない、と、思う」


 やんわり否定するに留める。

 そして、前髪いじいじ。


 はぁぁ……連れ去りたい。このまま遠くへ。

 そして、静かな湖畔で二人きり、ずっとアイナさんを見つめていたい……


「おぉ~い、ボーヤ」

「ちっ! なんですか、お師さん」

「おいおい隠せ隠せ。少しは負の感情を隠す努力をするのじゃ」


【ドア】からぬめっと顔を出してきたお師さんは、とても細かいことを気にする。

 心の中と外に、さほどの違いがあるとも思えない。


「はぁ~あ……で、なんですか?」

「どうしてこんな子に育っちゃったんじゃろうのぅ。昔は可愛かったのにのぅ」

「シェ、シェフはっ、……今でも、か……かわいい」


 後半、物凄く物凄ぉ~く小さい声でしたけど、今はっきりと「かわいい」って言われましたねボク!?

 十代後半。ハイティーンのメンズであるボクとしては、「かわいい」は褒め言葉としては受け取りにくい部分もあるのですが、アイナさんならオールオーケーです。

『かわいい』でも『守ってあげたい』でも『滅茶苦茶にしてやりたい』でも、なんでも受け入れる所存です!

 なんなら、アイナさんの口からもたらされる言葉なら、罵声ですら褒め言葉に聞こえるほどですよ。

『ばか……』『……えっち』『もう知らない!』

 ほら、きゅんとする!

 もっと酷い言葉だって構いませんとも!



『きもっ!』



「ぐはぁっ!」

「どうしたのだ、シェフ!?」

「すみません……生まれてきて、すみません……」

「シェフ!? お、お師さんっ、シェフがなんだか大変なことに!?」

「ほっほっほっ……な~んか、心に傷でも負ったんじゃろ~ぅのぅ」


 うぅ……心が痛い。

 あんなに短く、あんなに明確な拒絶の言葉は初めてだった……


 何がいけなかったのか……いや、何がも何も、女性の髪の毛に無断で触れることそのものがキモい行為なのだ……ボクは、それを失念していた。

 なんてことだ……

 心がへし折られる三大ワードのウチの一つを引き出してしまうだなんて……


 ちなみに、心がへし折られる三大ワードは、『キモい』『クサい』『生理的に無理』だ。

『嫌い』や『死ね』なんて可愛いものだ。

 もし、初対面の女性に『死ね!』って言われても、「ツンデレさんかな? なら、未来が楽しみだなぁ~」くらいの感想しか持たないのが一般的だ。

 だが、初対面で『クッサ!?』とか言われたら……


 二度と、しゃべれなくなりますよね。


『キモい』は、そんな言葉と同レベルの破壊力を持っているのだ……


「すみません……ボクごときが貴重な酸素を浪費して……すみません」

「ど、どうしよう……シェフに『かわいい』と言ったら、物凄くヘコまれてしまった……」

「うむ。そこでヘコんどるわけじゃないんじゃがのぅ」

「シェ、シェフは、よ、よく見たら、そこまで可愛くないぞ!」

「それはフォローのつもりかの? それとも、トドメかの?」


 アイナさんが右手で頭をかきむしる。

 また髪がもはもはになる。あぁ……梳きたい。あのもはもはした髪をしっとりさらさらに戻したい……

 でも、キモいと思われたくは…………そうだ! 笑顔を絶やさず、友好的に話しかけ、爽やかに、あくまで親切心であり下心など微塵もないのだというアピールをすれば……



『ち、ちげーし。別にオレ、そーいうーんじゃねーし。つか、髪とか意味分かんねぇし。マジ分かんねぇし。むしろいる? 髪とか、どうしても必要? 分かんねーわー。マジRKIF。ん? 「RKIF」? 「理解不能」』



 理解不能はボクだー!?

 なんだ、今のは!?

 どこから湧いて出た妄想だ!?


 そんなに髪に興味がないなら撫でなければいいじゃないか!


 というかもはや、薄毛の嫉みにしか聞こえなかったよ!


 そうじゃない!

 笑顔! 楽しそうに笑うことで、周りの空気ごと明るくする感じ。

 で、褒めよう。女性は褒められるのが好きだというし。

 そう、こんな感じで……



『にやにや、にやにや。いやぁ~、アイナたんの髪の毛は、MJすべすべですのなぁ~。いと美し! でゅふっ、わ、笑いながらしゃべろうとすると、どうしても半笑いになるすな~、MJ半笑い。いと笑し! それにしても、つくづくさらさらすなぁ~。限りなくさらさらすなぁ~。この世の終わりかというほどさらさらすなぁ~。MJさらし! いとさらし!』



 いや、キモいよ!

 コレこそがキモいを集積した結果だよ!?

 もしキモい教があったらご本尊だよ!?


 キモい教ってなにさ!?


 ないから! MJないし! いとないし!

 ……『マジ』を『MJ』って言うなぁああ!


「いと言うなしっ!」

「ん!? な、なんの話だろうか、シェフ?」

「いとなんでもないです!」

「……『いと』?」


 妄想が垂れ流されていた。

 下流は大災害だ。後処理が大変だ。

 ……後処理、しよう。


「えっと……『いと』っていうのは、『とっても』って意味です」

「『とっても』…………ドアのノブは『いと』?」

「『取っ手』じゃないです。『とっても』」

「……キッカは、もう少しふ『いと』いい」

「ん? …………もう少しふ『とっても』いい……あ、違いますよ!? そうじゃないです!」

「いや、しかし。抱いた時にもう少しふくふくしていてもかわいいと思う!」

「『太ってもいい』ってところを否定したわけではなくてですね!?」

「じゃあ、シェフも、キッカはもっと太った方がいいと思う?」

「え? あぁ……まぁ……キッカさんは少し華奢ですし、……多少は。本人の意思であれば」

「では、キッカを太らせる同盟を組もう!」

「なにとんでもない同盟を組もうとしてんのよ、剣姫!?」


 ドアからキッカさんが飛び出してくる。

 アイナさんにドロップキックが炸裂する。……キレーなフォームだ。プロだな、あれは。






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