「うぅ……キッカは、少し、硬い」
「やかましいのよ!」
「ふむ。特にどこが硬いんじゃ?」
「聞くんじゃないわよ、カエル師匠!」
キッカさんがお師さん目掛けてケリを放つが、お師さんは寸でのところで「ぴよ~ん」と飛び退いた。……惜しい、もう少しだったのに。
「だいたい、太ったら体が重くなってあたしのスピードが殺されちゃうでしょ?」
「大丈夫。わたしが守るから」
「女に言われても嬉しくないわよ、そんなセリフ!」
そんなことを言った後、ちらっとだけキッカさんと視線が合った。
視線はすぐ逃げていったけれど。
「そ、それに……あ、あたしってさ。脚のラインに自信、あるんだよね」
言いながら、太ももを持ち上げて見せつけるように『く』の字を描く。太ももとスネで描かれる『く』の字は、適度な肉付きと、すらりとしつつなだらかな曲線で非常に扇情的に見えた。
「ど……どうよ?」
アゴを持ち上げて、こちらを見下ろすような高飛車な表情を見せるも、頬が赤く染まっているのでどこか可愛らしい。
「大好物なのじゃ!」
「あんたには聞いてないわよ! カエル師匠、ハウス!」
「わたしは、やっぱりもう少しむちむちしていた方が……」
「あんたにも聞いてないし、表現が怪しいオッサンみたいよ、剣姫!」
お師さんにもアイナさんにも聞いていないということは……
ボク、に、聞いているのだろうか。
う、う~ん……「どうよ」と言われても……
「す、ステキだと思いますよ。キッカさん、脚長いですし」
「………………そ、そう。へぇ……ステキ、なんだ。……へぇ~」
脚を下ろして、そわそわと、今度は服の裾を伸ばして太ももを隠すような仕草を見せる。
照れているっぽい。……なら、なぜ見せつけたのだろう?
あぁ、そういえば。
アイナさんの太ももとか見たことないなぁ……と、視線をこっそりとそちらへ向けると…………落ち込んでらっしゃる?
ん? どうしたんですか、アイナさん?
「あの、アイナさん?」
涙目で、アイナさんが自身の太ももをぎゅっぎゅっと押さえつけている。鎧の上から。
「あの……一体、何を?」
「……キッカのが『太もも』なら、わたしのは『太っ!? もも?』なのだ……」
「いや、そんな疑問を抱くほどではないのでは!?」
「太ももが細くなる怪しい薬とか、ないだろうか……」
「仮にあっても飲んじゃダメですよ!? ダメ、絶対!」
アイナさんがプロポーションを気にするなんて、珍しい。
そんなにキッカさんの脚が綺麗に見えたのかな? 自信をなくすほど。
まぁ、キッカさんの脚は確かに綺麗だけれど……アイナさんだって…………でゅふっ。
「それだぁぁぁあああっ!」
「「えっ、どれ!?」」
両サイドでアイナさんとキッカさんが驚きの声を上げる。
すみません。キモいくせに驚かせてしまって、本当にすみません。
生意気にも脊椎動物に分類されちゃってて、本当にすみません。
「はぁ……いいなぁ、無脊椎動物は」
「ボーヤよ。カエルも脊椎動物じゃぞ」
のんきなぬめぬめ生物が羨ましくなる。
ボクも、何も考えずにのんきに生きていたい……
「それよりも。折角仕留めた魔獣じゃ。あの『鳥』の肉を食料庫へ運んでおくのじゃ」
「『鳥』ってサイズじゃないでしょう……」
「飛んでりゃ『鳥』じゃ。それじゃ、頼むのじゃ」
手を振ってぺきょぺきょと帰っていくお師さん。
あの人は本当にマイペースだなぁ。
「外で狩った魔獣も、食料庫に入れられるの?」
「はい。食料庫に入れておけば腐りません。ただし、解体は自分でやる必要がありますけれど」
【ハンティング・フィールド】で狩った獲物のように、食べやすく加工してくれることはない。
「じゃあ、取りに行こうか。あたしと剣姫がいればなんとかなるでしょ。ね、剣姫」
「うん……平気」
気のせいだろうか?
キッカさんがアイナさんを呼ぶ時の『けんき』という言葉、雰囲気が変わったような気がする。……気のせいかな?
「あ、あの、シェフ……」
キッカさんが先に歩き出したところで、アイナさんがボクを呼ぶ。
「なんですか?」
「あの……」
そして、地面に落ちてぴくりとも動かない魔獣を指差して言う。
「あれは、なんという名前なのだろうか?」
あの魔獣の名前……
あれは確か……
「あれは、『バズズ・パズー』という魔獣ですね」
「…………」
知識の中にあった魔獣なので、ちょっとした蘊蓄を語っておく。
知的アピールです。ふふん。
「雛をたくさん生む魔獣で、食欲が凄まじいんだそうですよ」
「…………」
反応がない。
蘊蓄が足りないのか?
「な、鳴き声は『ばずー、ばずー』です!」
「タマちゃん。もうないなら無理して話さなくていいんだよ」
うっ……見抜かれている。さすがキッカさん。きっと盗賊だから『見破る』的なスキルを持っているんだ。そうに違いない。
これじゃあ、アイナさんにも呆れられたかなぁ……と、アイナさんを見ると。
「……ふふ」
アイナさんが笑っていた。
これまでに見たこともないような、無垢な……まるで少女のような顔で。
「やっぱり、シェフは優しいな」
何をもって優しいと言われたのか分からない。分からないけれど、そんなことはどうでもよくなるくらいに、ボクはその微笑みに見惚れていた。
「ありがとう」
「いえ……」
これくらい、いくらでも。
そんな言葉すら言えなかった。
「ふふ……バジル・バシュー……覚えた」
「覚えられてないわよ!?」
「バズズ・パズーですよ、アイナさん」
「え? ……お、惜しい!」
ボクとキッカさんに突っ込まれて戸惑うアイナさん。
物覚えは悪くて、誤魔化し方も下手だけど――もっとたくさんの物の名前を教えてあげよう。
そんなことを思った。