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25話 アレの名は -4-

「うぅ……キッカは、少し、硬い」

「やかましいのよ!」

「ふむ。特にどこが硬いんじゃ?」

「聞くんじゃないわよ、カエル師匠!」


 キッカさんがお師さん目掛けてケリを放つが、お師さんは寸でのところで「ぴよ~ん」と飛び退いた。……惜しい、もう少しだったのに。


「だいたい、太ったら体が重くなってあたしのスピードが殺されちゃうでしょ?」

「大丈夫。わたしが守るから」

「女に言われても嬉しくないわよ、そんなセリフ!」


 そんなことを言った後、ちらっとだけキッカさんと視線が合った。

 視線はすぐ逃げていったけれど。


「そ、それに……あ、あたしってさ。脚のラインに自信、あるんだよね」


 言いながら、太ももを持ち上げて見せつけるように『く』の字を描く。太ももとスネで描かれる『く』の字は、適度な肉付きと、すらりとしつつなだらかな曲線で非常に扇情的に見えた。


「ど……どうよ?」


 アゴを持ち上げて、こちらを見下ろすような高飛車な表情を見せるも、頬が赤く染まっているのでどこか可愛らしい。


「大好物なのじゃ!」

「あんたには聞いてないわよ! カエル師匠、ハウス!」

「わたしは、やっぱりもう少しむちむちしていた方が……」

「あんたにも聞いてないし、表現が怪しいオッサンみたいよ、剣姫!」


 お師さんにもアイナさんにも聞いていないということは……

 ボク、に、聞いているのだろうか。

 う、う~ん……「どうよ」と言われても……


「す、ステキだと思いますよ。キッカさん、脚長いですし」

「………………そ、そう。へぇ……ステキ、なんだ。……へぇ~」


 脚を下ろして、そわそわと、今度は服の裾を伸ばして太ももを隠すような仕草を見せる。

 照れているっぽい。……なら、なぜ見せつけたのだろう?


 あぁ、そういえば。

 アイナさんの太ももとか見たことないなぁ……と、視線をこっそりとそちらへ向けると…………落ち込んでらっしゃる?

 ん? どうしたんですか、アイナさん?


「あの、アイナさん?」


 涙目で、アイナさんが自身の太ももをぎゅっぎゅっと押さえつけている。鎧の上から。


「あの……一体、何を?」

「……キッカのが『太もも』なら、わたしのは『太っ!? もも?』なのだ……」

「いや、そんな疑問を抱くほどではないのでは!?」

「太ももが細くなる怪しい薬とか、ないだろうか……」

「仮にあっても飲んじゃダメですよ!? ダメ、絶対!」


 アイナさんがプロポーションを気にするなんて、珍しい。

 そんなにキッカさんの脚が綺麗に見えたのかな? 自信をなくすほど。

 まぁ、キッカさんの脚は確かに綺麗だけれど……アイナさんだって…………でゅふっ。


「それだぁぁぁあああっ!」

「「えっ、どれ!?」」


 両サイドでアイナさんとキッカさんが驚きの声を上げる。

 すみません。キモいくせに驚かせてしまって、本当にすみません。

 生意気にも脊椎動物に分類されちゃってて、本当にすみません。


「はぁ……いいなぁ、無脊椎動物は」

「ボーヤよ。カエルも脊椎動物じゃぞ」


 のんきなぬめぬめ生物が羨ましくなる。

 ボクも、何も考えずにのんきに生きていたい……


「それよりも。折角仕留めた魔獣じゃ。あの『鳥』の肉を食料庫へ運んでおくのじゃ」

「『鳥』ってサイズじゃないでしょう……」

「飛んでりゃ『鳥』じゃ。それじゃ、頼むのじゃ」


 手を振ってぺきょぺきょと帰っていくお師さん。

 あの人は本当にマイペースだなぁ。


「外で狩った魔獣も、食料庫に入れられるの?」

「はい。食料庫に入れておけば腐りません。ただし、解体は自分でやる必要がありますけれど」


【ハンティング・フィールド】で狩った獲物のように、食べやすく加工してくれることはない。


「じゃあ、取りに行こうか。あたしと剣姫がいればなんとかなるでしょ。ね、剣姫」

「うん……平気」


 気のせいだろうか?

 キッカさんがアイナさんを呼ぶ時の『けんき』という言葉、雰囲気が変わったような気がする。……気のせいかな?


「あ、あの、シェフ……」


 キッカさんが先に歩き出したところで、アイナさんがボクを呼ぶ。


「なんですか?」

「あの……」


 そして、地面に落ちてぴくりとも動かない魔獣を指差して言う。




「あれは、なんという名前なのだろうか?」




 あの魔獣の名前……

 あれは確か……


「あれは、『バズズ・パズー』という魔獣ですね」

「…………」


 知識の中にあった魔獣なので、ちょっとした蘊蓄を語っておく。

 知的アピールです。ふふん。


「雛をたくさん生む魔獣で、食欲が凄まじいんだそうですよ」

「…………」


 反応がない。

 蘊蓄が足りないのか?


「な、鳴き声は『ばずー、ばずー』です!」

「タマちゃん。もうないなら無理して話さなくていいんだよ」


 うっ……見抜かれている。さすがキッカさん。きっと盗賊だから『見破る』的なスキルを持っているんだ。そうに違いない。


 これじゃあ、アイナさんにも呆れられたかなぁ……と、アイナさんを見ると。


「……ふふ」


 アイナさんが笑っていた。

 これまでに見たこともないような、無垢な……まるで少女のような顔で。


「やっぱり、シェフは優しいな」


 何をもって優しいと言われたのか分からない。分からないけれど、そんなことはどうでもよくなるくらいに、ボクはその微笑みに見惚れていた。


「ありがとう」

「いえ……」


 これくらい、いくらでも。

 そんな言葉すら言えなかった。


「ふふ……バジル・バシュー……覚えた」

「覚えられてないわよ!?」

「バズズ・パズーですよ、アイナさん」

「え? ……お、惜しい!」


 ボクとキッカさんに突っ込まれて戸惑うアイナさん。

 物覚えは悪くて、誤魔化し方も下手だけど――もっとたくさんの物の名前を教えてあげよう。

 そんなことを思った。






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