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26話 【歩くトラットリア】の飲み物 -1-

「ねぇ。お酒ってどうやって作ってるの?」


 キッカさんがそんなことを言い出したのは、アイナさんが黙々とキャベツを千切(せんぎ)っている時だった。

 ……ネコの手、かわいい。


「聞きなさいよ、人の話!」

「あっ、すみません。つい」

「……まったくもう」


 頬をぷっくりと膨らませ、キッカさんが腕組みをする。

 最近、キッカさんはよく拗ねるようになった。その素振りは、構ってほしい年頃の幼女~少女のようで非常に可愛らしくもあるのだが、一体どういった心境の変化なのだろう。

 やっぱり、家族と再会していろいろ思うところがあったのかな。


 あんまり、甘えられるような環境じゃなかっただろうし。

 甘え足りなかった欲求が、ここに来て爆発しているのかもしれない。

 なら、多少は甘やかしてあげないといけないな。うん。


 ちょうど、手元に猫じゃらしがある。

 キッカさんの目の前で、ふりふり、ぱたぱた。


「…………なんのマネ?」

「いえ、たまたまそこにあったもので」

「なんで厨房に猫じゃらしがあるのよ?」

「それは、その……い、いろいろ、事情が……」


 言えない。

 キャベツの千切りと言えばネコの手。

 ネコの手と言えば、アイナさんの語尾が「にゃー」になる日。

 猫じゃらしを使って、にゃんこアイナさんと戯れたいと思って用意した――なんて、言えない。


「たまに生えてくるんですよね」

「ダメじゃん!? 欠陥住宅じゃん! 修繕しなさいよ!」


 いや、まぁ、確かに猫じゃらしが生えてくる厨房は欠陥住宅以外の何ものでもないんですが……【歩くトラットリア】の厨房は完全無欠のスーパー厨房なので、修繕する箇所なんかない。

 ……ごめんね、【歩くトラットリア】。ボクの言い訳のせいで、君の名誉に傷が付いてしまった。

 今度ぴっかぴかに掃除するから許してください。


 ちなみに。

 にゃんこアイナさんは、猫じゃらしに一切の興味を示さなかった。

 実践済みです。実証済みです。……残念です。


「お酒、でしたっけ? 飲みたいですか?」

「いや、そうじゃなくて。前に出してたでしょ? ほら……あの人たちが来た時に」


 キッカさんのご家族のことだろう。

 確かに、タコとハーブに合う辛口の白ワインをお出しした。

 でも、なんで知ってるんだろう?


「片付ける時にね、見たからさ」


 あぁ、なるほど。

 なんかわちゃわちゃしちゃった後、後片付けをキッカさんとアイナさんに手伝ってもらったんだっけ。

 ……あの時ボク、心がずたずたに引き裂かれていたから…………「きもっ」って、言われて………………うぅ……思い出しヘコみ……


「人口密度を上げちゃってすみません……」

「タマちゃんさぁ、突然理由と意味の分からない反省するのやめてくれる?」

「シェフにゃん」


 きゅん!


「元気出すにゃん」


 アイナさんはいつも、こういう一言をボクにかけてくれる。

 それはいつものことで、その度にボクはアイナさんの優しさに触れ癒されている。

 ただ今日はそこに「にゃん」……最高ですっ!


 思わず猫じゃらしをぱたぱたさせてしまったボクを、誰が責められようか。

 しかし、アイナさんは無反応。……くぅ、アイナさんにもう少しネコ成分が目覚めないだろうか?


 アイナさんネコ……萌える!


「それで、なんでしたっけ? 猫じゃらしの作り方でしたっけ?」

「お酒! この店のことだから、お酒も自家製なんじゃないかなって思ったの」

「えぇ。そうですよ。じゃあ、見に行きますか?」


 当然、【歩くトラットリア】では飲み物も作っている。

 料理には必須だしね。


「わ、わたしも一緒に行っていいだろうか? ……にゃん」


 あぁ、とってつけた「にゃん」もいい……

 もちろんウェルカムですよ、ボクの女神様。いや、今は女猫様だ……いや、なら雌猫様か…………メスネコ? なんか、卑猥に聞こえるのはボクだけだろうか……


 いや、きっと違うはず。

 世界を探せば共感してくれる同志が沢山いると、ボクは信じる!

 集え、同志!


 まぁ、アイナさんにつられて邪な思いを抱いた者が集まってきたら追い返すけどね。







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