突然の事態に、脳がパニックを起こす。
れ、冷静に!
今の状況を、かく、かくに、確認、すす、するとととと、ア、アア、アアアア、アアアアイナさんが、ボ、ボボ、ボボボクに、抱き、だき、抱きついてててててっ!?
ぱにーっく!
「あ、ああ、あっ、あの、アイナさん!?」
「はい! あいなさんですっ!」
ビシッと腕を上げ、元気よく返事をする。
アイナさん……ですよね!?
すぐ目の前にアイナさんの顔があって、目の前過ぎて、視覚情報を脳に伝達する神経がパンクしたらしく、見えているのに何が見えているのか処理出来なくなっている。
ただただひたすらに甘酸っぱいようないい香りが脳に伝達されてくらくらする。
そして、視界の端で瑞々しいリンゴが握りつぶされた……ような気がした。
「わたしねぇ、がんばったよぉ~! むしねぇ~、いっぱいたおしたよ~!」
何かがおかしい。
ボクを取り巻く環境は最高にハッピーなのだけれど、何かが絶対的におかしくなっている。
アイナさんがこんな風にでれでれな表情を見せることなんてありえないし、まして抱きついてくるなんて……
これは一体……
「はふぅ……あつぅい…………よろい、ぬぐ……」
「アイナさんっ、ちょっとストップですっ!」
ボクを解放して、おもむろに留め具を外し始めるアイナさん。
鎧の前半分がずれて、重量感のある音と共に鎧が落下する。
そして、ばいんっ!
硬い鎧に閉じ込められ、抑圧されていた大いなる膨らみが、今再びの――ばいんっ!
「よろれいひー!」
偉大なる山脈に敬意を表し、そのように叫んでおいた。
直後に、視界が闇に覆われ、こめかみを締めつけるような痛みが……
「キ、キッカさん……ア、アイアンクロー、お上手ですね……」
「あら、ありがとう。タマちゃんに褒めてもらえるなんて光栄だわっ」
もう一段、圧迫する力が上がる。
ず、頭蓋骨が……剥けるっ! ブドウみたいに、中身が「ちゅるんっ」って出ちゃう!
「で、剣姫。あんたなんで酔っぱらってんの?」
酔っぱらう……?
そう言われてみれば、アイナさんのあの状態は酩酊状態に酷似している……でもなぜ?
「んぁぁあああ!?」
ボクはキッカさんのアイアンクローから抜け出し……抜け……抜…………抜け出せない……
「あの、キッカさん……原因究明のための仮釈放を……」
「何か分かったの?」
「はい。あの、隙間からチラッと見えているあの果実なんですが……」
ボクの顔を覆うキッカさんの手。その隙間から微かにアイナさんの持っている果実が見えた。
それは、梅のような大きさで、黄色い皮をした果実。
「あれ、リンゴじゃないよね?」
「は、はい。説明しますので、釈放を……」
「剣姫の胸、見ない?」
「…………」
「…………」
「…………」
「……で、あの果実は何?」
……保釈は、認められなかったらしい。
「あれは、マルーラフルーツというウルシ科の植物です」
「ウルシ科?」
「マンゴーとかの仲間ですね」
「へぇ」
黄色い皮を剥くと、中に乳白色の『仁』が詰まっている。仁というのは、まぁ、大雑把に言うと『種の食べられる部分』……かな。
ココナッツの白いところとか、銀杏とか、アーモンドやカシューナッツとか、そのようなものだ。
「マルーラフルーツは、皮が黄色くなると仁が自然発酵してアルコールを作るんです」
「なんでそんな物を育ててるのよ?」
「美味しいお酒になるんですよ。あと、お肌にすごくいい化粧品にもなります」
「……へぇ」
あ、ちょっと興味を引かれた。
ん~……どっちなんだろう。お酒かな、化粧品かな……
「それで、自然発酵したマルーラフルーツは、食べると胃の中でさらに発酵が進んで……」
「あ~! しぇふときっかばっかりずるい~! わたしもまぜてよ~ぅ!」
「……このように、すぐ酩酊状態に陥ります」
「こらー、剣姫! 離せ! 離しなさぁーい! あたっ、当たってんのよ、あんたの大きいのが!」
ボクとキッカさんを一緒にまとめてぎゅっと抱きしめるアイナさん。
キッカさん側から抱きしめているために……
「ボクには一切何も当たらない……」
「あれぇ……おかしいなぁ…………あたしは今、結構タマちゃんと密着しているはずなんだけど…………本当に当たってない、かしら?」
あれ?
いや、待ってください。
そうですよね。体勢的には、向かい合っていたキッカさんが、アイナさんに押されてボクに密着しているので、向かい合わせでぎゅっとなっているわけで、ということは…………あれ? なんで当たらないのかなぁ? ん? 気のせい? 本当は当たってる? え、どこに?
「ごめんなさい。今、全神経を集中させてみます……」
「そこまで集中しなきゃ分かんないかしら?」
怖い怖い怖い……キッカさんの顔が怖くて見られない……
「しぇふもきっかも~! わたしをむししちゃや~だ~! さみしいぞぉ~!」
ただ一人上機嫌なアイナさん。
あの、アイナさん。今、あなたの目の前で、物凄い殺気を放っている人と、その殺気に当てられて魂が削られ続けている人がいること、気付いてください。本当に、切実に。
「か~ま~えぇぇえ~!」
その後、アイナさんの暴走は数分続き、突然解放されたと思ったら、アイナさんは地面に倒れて眠りに就いていた。
アイナさん……お酒、めっちゃ弱いです。
これじゃあ、誤飲していても記憶に残ってないわけだ。
…………他所でこんなことしてなきゃいいんだけど。
「はぁ……じゃあ、あたしが剣姫をおぶって帰るから、タマちゃんは収穫したフルーツをお願いね」
「あ、はい」
――と言って、改めて収穫した果実を見る。
…………多い。
大張り切りのキッカさんが収穫したリンゴ。
調子に乗って収穫しまくったボクのブドウ。
そのどちらをも超える大量のマルーラフルーツ……アイナさん、絶好調だったんですね。
それらを、ボク、一人で…………
日が暮れてしまうなぁ……なんて不満を言っている暇もないので、ボクは一人、えんやこらと収穫した果実を運び出した。
偉大過ぎる大地の恵みに感謝しながら。