蜜の詰まった、香りのいいリンゴだ。
アイナさんはエプロンを着けてカウンターの中に、キッカさんはカウンターから身を乗り出すようにして厨房を覗き込んでくる。
隣にアイナさん。目の前にキッカさん。
……おぉう、なんか緊張する。
水と砂糖を鍋に入れ、キャラメル色になるまで熱した後、カットしたリンゴをその鍋で煮詰めていく。甘いキャラメルの香りとリンゴの爽やかな香りが広がっていく。
「あたし、それでもう完成でいいと思う」
「いや、確かにこれだけでも美味しいでしょうけど……もう少し我慢してくださいね」
「うん!」
物凄くいい返事だ。
キッカさん、甘い物の前では素直になるんだな。
今後、頭にずっとホールケーキ乗っけていようかな。
リンゴを煮詰めている間に、パイ生地を焼いておく。
型に載せたパイ生地に、小石を敷き詰めていく。
「何してんのシェフ!?」
「食べ物で遊ぶのはよくない」
「いえ、これは綺麗な小石ですから大丈夫ですよ」
パイ生地の形を作るために錘として載せるのだ。
オーブンの中で石が熱せられて、いい感じに生地をカリッとさせてくれる副産物付きだ。
「うん。あたし、そっちにはあんまり興味引かれないな」
「いや、いい香りしてるでしょ?」
「ん~……そこそこ?」
香りはリンゴの圧勝のようだ。パイ生地……地味なのかなぁ。
アイナさんは、赤く光を放つオーブンに興味津々で、中をじっと覗き込んでいる。
顔近付け過ぎて「じゅっ!」とかしないでくださいね。
生地が焼け、リンゴが煮詰まったところで、パイの中にリンゴを敷き詰めていく。
ここの形成が腕の見せどころだ。見栄えはドルチェの味を左右すると言っても過言ではない。
「え、また焼くの?」
「はい。もう十五分ほど」
「焦げない?」
「あはは……、そこまでは焼きませんよ」
焼けるまでの間に、ささっとクリームを作ってしまう。
まずはイタリアンメレンゲを作る。
イタリアンメレンゲとは、水飴を混ぜたメレンゲのことで、しっかりとした存在感のあるメレンゲだ。
古くは、「生タマゴはサルモネラ菌の温床」とまで言われていた時代に、卵白の殺菌のために煮詰めて高温になった水飴を入れていたらしい。
【歩くトラットリア】の卵は清潔安全なので殺菌の必要はないのだが、生食用のメレンゲにはこのイタリアンメレンゲを使う国もまだまだ多い。
ピンと角の立つ、しっかりとした力強いメレンゲが出来上がる。
次いでカスタードクリームを作る。
こっちは普通に、卵黄に砂糖を入れ、小麦粉、温めた牛乳を混ぜてしっとりとろとろになるまで練り混ぜる。
バニラエッセンスを入れて香りをつけたら、溶かしたゼラチンを混ぜていく。
カスタードクリームをこし器でこして、イタリアンメレンゲと混ぜ合わせればシブーストクリームの完成だ。
あとは、焼き上がったリンゴ&パイの上にたっぷりと、これでもかとシブーストクリームを盛っていく。
ふわふわでふるふるの感触が目に楽しく、バニラの甘い香りが食欲を誘う。
「お、おいしそう……っ!」
「輝いている! シェフ、ケーキが輝いているぞ!」
「最後にもう一手間です」
クリームの上にグラニュー糖を振り、バーナーで焦げ目を付けていく。
キャラメリゼという技法で、きらきらでカリカリの甘いコーティングを施す。
「か、輝きが一層眩く……っ!」
「宝石だ……これは、ケーキの宝石だっ!」
キッカさんとアイナさんが腕で目を庇う。
……そんなに光り輝いてますか、これ?
「それじゃあ、試食してみますか?」
「「する!」」
二人の声が重なった。