紅茶を入れるためにお湯を沸かしつつ、リンゴのシブーストを十六等分にカットする。
直径18センチのホールなので、十六等分でちょうどいいサイズだ。
ナイフの刃が当たると、パリッと小気味よい音が鳴り、次いでふわふわした感触がナイフ越しに伝わり、リンゴの層がシャクッと柔らかくも芯のある確かな自己主張をし、サクサクのパイ生地が少しの抵抗と共に切り裂かれていく。
「「これは、絶対美味しい……っ!」」
声を揃える二人。
というか、そうしていると本当に姉妹みたいですね、二人とも。
ケーキを切り分け、ティーポットに茶葉を入れて熱湯を注ぐ。
ちなみに、【歩くトラットリア】には、お湯を数分で沸騰させる便利なアイテムが存在する。コップ一杯分くらいの水なら数十秒で沸いてしまう。凄まじいアイテムだ。
そうこうした後、テーブルへとケーキを運んでいく。
「あ、シェフ……わたしが持っていく」
お盆を持ち上げたボクにアイナさんが言う。
………………あっ。
「お願いします」
「任せてほしい」
すみません、アイナさん。……一瞬疑ってしまいました。
いや、ほら、勢い余ってひっくり返しそうかも~…………って。すみません。
そんなボクの失礼な不安など取り越し苦労であったことが、すぐに証明される。
アイナさんは絶妙なバランス感覚で、お皿を「カチャカチャ」言わせることもなく平然と歩いていく。カウンターは段差になっているにもかかわらず、一切お盆の上の物が揺れない。
これは、才能だ。
さすがアイナさん。やっぱり、体の使い方はボクみたいな一般人よりもずっと優れているのだろう。
「ヘイ、お待ち」
「惜しいです、アイナさん」
意味は合ってます。が、チョイスがちょっと。ちょ~っとだけ方向性が。
「せ、接客を覚えようと、努力はしているのだが……」
努力の跡は見えます。跡だけは。
あとは成果が出れば完璧ですね。頑張りましょう。
「では、紅茶の入れ方を教えますね」
普段は紅茶を頼むお客様なんてほとんど来ないのだが、たまにそういうお客様も来店したりする。
まぁ、覚えておいて損はないだろう。
「こうしてポットを持ち上げて、高いところから紅茶を落とすんです」
ティーポットを顔の高さまで持ち上げて、ゆっくりと傾ける。
そっと紅茶をカップに落としていく。
「こうやって、存分に空気を含ませてやることで香りが一層豊かに広がっていくんです」
「あ、いい香り……」
ボクの動作を熱心に見つめるアイナさん。
キッカさんはいち早く席に座りケーキを待っている。今の「いい香り」はキッカさんの漏らした言葉だ。
「今回は、リンゴの甘酸っぱさによく合うようにアールグレイにしてみました」
ベルガモットの風味を纏ったアールグレイという紅茶は、ケーキの甘さを邪魔しないすっきりとした味わいでいて、ベルガモットの持つ柑橘系の風味が程よい余韻を与えてくれる、ケーキによく合う紅茶なのだ。
特に、甘酸っぱいベリー系の果物や、今回のようなリンゴの爽やかな香りとの相性は抜群だ。
「アールグレイの癖が強過ぎると思ったら、ミルクティーにするといいですよ。まろやかになりますから」
そんな説明をすると、アイナさんは紅茶をじっと見つめたまま呟いた。
「ミルクティー……ミルク……牛絞り」
「あの、アイナさん……牛は絞らないであげてください、ね」
「あぁ、そうか……チ…………えっと……アレ絞り」
「そこは乳絞りでいいですよ!?
「しかし、女の子が『そーゆーこと』を言ってはいけないと、キッカが!」
「隠すことで一層卑猥さが強調されてますから! 逆効果です!」
「む……難しい…………っ!」
そんなに悩むことではないはずなんですが……