「もうなんでもいいからケーキ食べようよ!」
ケーキを前にお預けを食らっているキッカさんがフォークを振り回して催促してくる。
うん……そういうのも行儀悪いと思うんですが……注意する人がいない。
「じゃあ、食べましょうか」
「待ってほしい!」
アイナさんに着席を促すも、アイナさんはティーポットを持ち上げて真剣な顔つきをする。
「やらせてほしい。一度」
ボクがさっき見せたように紅茶を入れたいらしい。
勉強熱心なのは相変わらずだ。
「では、もう一つのカップにお願いします」
「うむ。やってみる。…………高く」
そんな呟きを残してアイナさんが消えた。
――消えた!?
「タマちゃん、上よっ!」
「上っ!?」
そんな、バトルシーン的なセリフと共に、これまたバトルシーンのように上を仰ぎ見る。
――ンバッ! と視線を向けると、アイナさんが天井スレスレに滞空していた。……浮いてます?
そして、ゆっくりと傾けられたティーポットから紅茶が落ちてくる。
寸分違わずカップの中に、ゆっくりと……そして、一滴も零すことなくカップ一杯分の紅茶が注がれる。
――後に、ふわりと着地。
――の、後にキッカさんの攻撃。【アイナさんはみぞおちに24のダーメジを受けた】
「……キッカ……痛い」
「テーブルのそばで暴れ・る・な!」
「…………でも、空気が…………はい、ごめんなさい」
反論は、キッカさんの手が拳を握ったことで封殺される。
アイナさん。適度な高さでいいんですよ。
「惜しいです」
「採点が甘いのよ、タマちゃんは!」
「でも、すごい滞空時間でしたね」
「あぁ、それは――」
ティーポットを置いて、身振りを交えてアイナさんが説明してくれた。
「上に飛ぶ力を少しゆっくりにして、天井付近でとどまっていたのだ。こう、『ビューン!』って行く力を『び、ゆ、ぅ、ぅ、ぅ、ぅ、ん……』みたいな感じで」
「なるほど」
………………いや、無理くね!?
まぁ、きっと。
そういうところで常識にとらわれているようでは、スキルマにはなれないのだろう。
アイナさんもキッカさんも、常識の規格の外に存在しているのだ。きっと。
「では、召し上がってください」
二人にケーキを勧める。
と、一瞬だけ二人の表情が翳った。……え?
「美味しそうね。じゃ、いただきまーす」
「いただきます」
とか思っていると、二人がケーキを食べ始めた。
アイナさんはいつも通りの顔で、キッカさんはとろけるような笑顔で。
……見間違い、かな? さっきの表情は。
「ん~~~っ! もいひぃ!」
よかった。もいひぃらしい。
先代の遺したレシピ通りだから絶対美味しくないわけはないと思っていたが、実際美味しいと言われるまで不安は消えない。
初チャレンジのケーキだったし。
でもよかった。
「シェフは……天才だと思うっ」
アイナさんがあんなに幸せそうに笑っているのだから。うん。作ってよかった。
★★★★★★★★★★
リンゴのシブーストは、とても、とても美味しかった。
こんなに美味しいケーキは食べたことがないというほどに。
シェフの作る料理は、甘くても辛くても、きっと美味しいのだろう。
本当にすごいと思う。
本当に、本当に、美味しい。
なのに……
こんなに美味しいケーキなのに、やっぱりシェフは――一口も食べることはしなかった。
いつか、その理由が知れる日が来ればいいなと、わたしは思った。