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29話 心配です -2-

「アイナさん。以前、タコを倒した時のことを覚えてますか?」

「……キッカが船酔いになっていた時の?」

「はい。『あたしの実力見せてあげる』と豪語したのに、マストに掴まって身動きすら取れなかった、あの時です」

「……あんたらさぁ、あたしにケンカ売ってるわけ? ん?」


 そんなことないですよ。

 ないので、拳をそっと下ろしてください。速やかに。


「あ、あのようにですね……こほん。あの時のように、急に海の上に放り出されることだってあり得るんです。最悪、いきなり深海とか、いきなり上空とか、そんなこともあり得ます」


【ハンティングフィールド】は、作りたい料理の材料となる魔獣が『棲んでいる場所』に繋がる。

 もっとも、それは実在する場所ではないのだが。

 海の中や空の上では、いくら強くても身動きが取れない。

 なのに、相手はそこがホームフィールドとなる。このハンデは計り知れない。


 強さだけでは、【ハンティングフィールド】を攻略出来ないのだ。

 ……とはいえ、大体は強ければなんとかなるのだけれど。

 万が一ということもある。ということだ。


「ボーヤくらい臆病でないと、命を落とすことになるぞ」

「どうせ臆病ですよ……」

「褒めておるのじゃ」


 どこが褒め言葉なんでしょうかねぇ。


「ボーヤは、危険と判断すればすぐ逃げる。その判断力がボーヤ最大の武器なのじゃ」

「判断力……」


 アイナさんの手が握られ、胸に添えられる。


「『もう少しだけ』『あと一回だけ』『ちょっとくらいなら』――人間は、そんな甘い考えをつい抱いてしまう生き物じゃ。じゃが、その甘い考えが、時に命を刈り取ってしまう」


 そうなってから「あの時ああしていれば」「あんなことしなければ」「どうしてあの時、あんなことを……」などと考えても遅い。


「何かを求める時は、何かを失う危険がつきまとうものじゃ。それを理解出来んうちは、一人で【ハンティングフィールド】には挑まんことじゃ」

「『何かを求める時は、何かを失う危険がつきまとうものじゃ』……うむ。覚えておく」

「『ものじゃ』は要らないと思うけどね」


 どんな小さなことも見逃さない。

 そのツッコミ魂に敬礼っ!


「それからですね、【ハンティングフィールド】は、こちらの力を見ているんですよ」

「力を見る……とは?」

「ボク一人の場合、頑張れば倒せる魔獣か、死ぬ気で走れば逃げ切れる魔獣しか出ませんでした。けれど、あのタコは無理です。勝つことも逃げることも不可能な強さでした」

「つまり……こちらの力に応じて、出てくる魔獣も強くなる……」

「可能性の問題ですけど」


 ボク一人で入っていた時は、どう転んでも勝てない魔獣ばかりが出てきていた。かと思えば、ボクでも余裕な魔獣が出てきたりもする。

 振り幅は大きい。


「あたしと剣姫が揃っててアサリとかいう時もあったもんね」

「えぇ。なので、絶対に無理というわけではないんです。ただ、たったの一回危険な魔獣に出くわしたら、それだけで取り返しがつかないことになります。そういう意味で危険だと言っているんです。なので、別にアイナさんが弱いと言っているわけじゃありませんからね」


 すかさずフォローも入れておく。


「じゃからの、【ハンティングフィールド】に入る時には、ワシかボーヤを連れて行くようにの」

「あたしと剣姫じゃダメなの?」

「おぬしらは二人とも勇ましいからのぅ。ほっほっほっ」

「なによ、それ?」

「逃げ時を心得ておらんからの。ボーヤはおぬしの何百……いや、何千倍も逃げておるからの」

「お師さん。それ自慢にならないのでやめてもらえますか?」


 確かに、物凄い数逃げてますけども。


「でも、やっぱり心配ですので……約束、してくれますか?」

「心配……わたしが?」

「はい。アイナさんが心配です」


 最初、戸惑ったような表情を見せ、そして、わずかに顔をほころばせる。


「うむ、分かった。約束しよう」


 その笑みを、ボクは無条件で信じられると思った。






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