目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

30話 飛び込んできた事件 -2-

「あの、私たちはクルメリアの森へ向かっていました。妻の祖父がダルボの町にいまして、収穫祭の前に迎えに行くつもりだったのです」


 いくつか地名が出てきたが、まったく分からない。


「ちょっと待って。カエル師匠、紙とペン」

「ほいよぃ」


 ぬるんと舌を伸ばしてキッカさんに紙とペンを渡すお師さん。

 なんでもくっつく舌だから、こういう時は便利だ。……ボクは殺菌してからしか持ちませんけども。


「エルダの町がここだとしたら、西に向かって三日ほど行った先がクルメリアの森。ダルボの町は、クルメリアの森よりずっと南にある町よ」


 簡略された地図が描かれる。キッカさん、絵、上手いな。

 この地図によれば、エルダの町からダルボの町へ向かうにはクルメリアの森は通らないはずだ。

 なのにドイルさんたちがクルメリアの森へ向かっていたということは……


「そうです……ダルボの町へ向かう途中、娘が…………」


 泣き崩れるドイルさん。

 その話を要約すると――二日前にエルダの町を出発したドイルさん一家は、二度野宿をし、明日の夜にはドイルの町に着ける、というところで娘のセナさんをさらわれたらしい。


「最初は、何が娘をさらったのか、分かりませんでした。ただ黒い……黒いということしか分からなくて……」


 声を詰まらせながら、クレハさんが語る。


「無我夢中で馬車を走らせ、娘を……そして、娘をさらった黒い影を追いました。けれど、どんどん離されていって……」


 馬車より速く移動する黒い影。

 ドイルさんたちの目の前で娘さんは連れ去られ、追いかけても引き離される……つらかっただろうな。


「やがて黒い影はクルメリアの森へと入っていきました。私と主人は無我夢中で……馬車のまま森へ突っ込んで……」

「ブギーマントに襲われたのね」

「はい…………森に入った時にはすでに囲まれていて……」


 クレハさんがその瞬間を思い出して震え始める。

 途切れ途切れもたらされた話をつなげると――影を追いかけて森に入ると、周りの木という木に人よりも大きなサルがいたのだという。真っ赤な顔をした鬼のようなサルが。

 そして、サルの群れは容赦なくドイルさんたちに襲いかかり、馬と、馬車に積んであった荷物、特に作物なのどの食料を奪われたのだそうだ。


「サルたちが妻を捕まえて……鋭い牙で…………っ」


 クレハさんがサルに食べられそうになり、ドイルさんは無我夢中でサルと戦ったのだという。とてつもない怪力と鋭い爪、凶悪な牙に何度も傷付けられながらも、なんとかクレハさんを救い出し、命からがらクルメリアの森を脱出したのだという。


「どこをどう逃げたのかは定かではありませんが……森を出た時には夜が明けていました」


 ドイルさんたちは、死に物狂いで一晩中走り続けたのだという。

 ドイルさんもクレハさんも、全身傷だらけだ。幸い、命に関わるような大怪我はしていないようだけれど……


「シェフ、薬箱はあるだろうか?」

「はい。これを使ってください」


 店に常備されている薬箱。相当な重症でもない限りは対処できるだけの薬を有している。

 冒険者が多いこの【歩くトラットリア】には必須のアイテムだ。

 流石冒険者。アイナさんの手当ては手慣れたものだった。


「ブギーマントは、大人を食べないのよ」


 そう言ったのはキッカさんだった。


「あなたたちが襲われたのは警告。娘を取り返しに来れば命はないというね」

「……セナ……っ!」

「あなたたちを襲ったのだって、ヤツらにしてみればただのお遊び――軽いイタズラみたいなものなのよ」

「イタズラで……この大怪我、ですか?」


 ドイルさんの負った傷は、決して冗談では済まされないほどに重い。

 遊びで人間を襲う魔獣がいるなんて……







この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?