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30話 飛び込んできた事件 -3-

「逃げる途中、森の中からヤツらの笑い声が聞こえたんです、『ギャシャシャ』という……恐ろしい笑い声が……」

「その声が、ブギーマントの特徴だからね」

「どんな魔獣なんですか。なんだか知能が高そうな印象を受けるんですが」


 ボクの疑問に、キッカさんは答えてくれる。

 鼻の頭にしわを寄せて、不愉快そうに。


「人間を騙して傷付ける厄介な魔獣よ。魔力によって体を影の中に隠す能力を持ち、群れで行動をする危険度の高い連中なの」

「子供をさらったりするのも、イタズラ……ってヤツですか?」

「ううん。ヤツらはね、収穫祭の時期に繁殖期を迎えるのよ」


 繁殖期。

 そんな危険な魔獣が爆発的に増える時期。

 そして、大抵の動物がそうであるように、きっと、ブギーマントもその時期は凶暴性が増しているのだろう。


「繁殖期になると、ブギーマントはいろいろな町で子供をさらうの……食べるために」

「……うぅっ!」


 キッカさんの言葉にクレハさんが泣き崩れる。

 人間は、魔獣にとっては栄養価の高い『食料』となる。そんな人間の中でも幼い子供は『美味』とされている。

 人間の幼い子供だけを狙って狩りをする魔獣は相当数存在する。


 ブギーマントも、そんな魔獣の一つなのだ。


「ヤツらは、子を産むメスに人間の子供を食べさせ、強い子を産むの。ブギーマントが子を産むのは、収穫祭の時期」

「人間の行事に、魔獣が合わせている……ってことですか?」

「いや。そうではない」


 今度はアイナさんが教えてくれる。


「収穫祭は、女神様が定めた祝日だ。これは全世界共通で、毎年変わることはない。もっとも、女神教を崇拝していない異教徒の国はその限りではないが」


 この世界で最も広く信仰されているのが、この世界を創造し、かつて魔の王を滅ぼしたと言われる女神様を仰ぐ女神教だ。

 収穫祭は、その女神様が定めた日に行われるらしい。


「何か特別な日なのかもしれないわね。あたしたち人間には分からない、魔獣にだけ分かる何かがある日……とか」


 キッカさんの言葉には、妙な信憑性があった。

 月の満ち欠けがウミガメの産卵に影響するように、日食が生物に影響を与えるように、魔獣に何かしらの影響を及ぼす何かが起こるのが、その日なのかもしれない。


 繁殖期を迎える魔獣がいるということは、その特別な日というのが魔獣に何かしらの力を与えている……可能性が、ある。


「その日に抗うために、収穫祭を定めた……とか?」

「さぁ。そこまでは分からないけどね」


 あくまで憶測の域を出ない。


「でも、ブギーマントの出産はその日で間違いない。そして、それまでの間子供は無事。これも確実よ」


 ほんのわずかだが、ドイルさんの顔に希望がの光が灯る。


「今は、子供を集める時期なのよ。そして、収穫祭までの間、殺さずに監禁しておいて、出産と同時に……」


 わずかに見えた希望が消え失せ、ドイルさんたちの顔が悲痛に歪む。


「騎士団に助けを求めるのはやめた方がいいわ」

「ど、どうしてですか!?」


 必死な形相のドイルさんに、キッカさんは冷静な声で告げる。


「ブギーマントは今も虎視眈々と子供を狙っているのよ? 町を守る騎士団が森へ出払っちゃったら……町の子供たちは誰が守るのよ?」

「そんな……じゃあ、セナは…………私たちの娘は……っ!」


 もはや、人目も憚ることすら忘れて、ドイルさんは泣き崩れる。

 クレハさんも、ドイルさんの背に体を重ねるようにして泣いている。


「あ、あの! セナさん……か、セナちゃんか、分かりませんけれど……娘さんがお腹をすかせている可能性はないでしょうか!?」


 この近くでお腹をすかせていれば、ドイルさんたちと同じくらいにお腹がすいていれば、お腹の虫が鳴くかもしれない。

【ドア】は、お腹がすいた人のいるところなら、どんなところにだって行ってくれる。

 それがたとえ海の中であろうと、魔王の住む城の中であろうと。


「それはないわね」


 しかし、そんな一縷の望みを、キッカさんはきっぱりと否定する。


「子供を死なせないために、ブギーマントは子供にエサ……っと、ごめんなさい……ご飯を食べさせるのよ。無理矢理にでも。そして、絶対に死なないように、病気にならないように、大切に管理するの」


 ――自分たちがその子供を食べる、その瞬間までは。


 キッカさんの言葉には、そんな言葉が隠されているような気がした。


「しかし困りましたね……騎士さんたちも頼れないし、【ドア】で迎えに行くわけにもいかないとなると……」

「わたしがいく」

「もちろん、あたしも」






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