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30話 飛び込んできた事件 -4-

 すっと一歩前へ進み出るアイナさん。

 その隣に並び立つキッカさん。


「え……しかし……」


 ドイルさんは戸惑い顔だ。

 助けに行ってくれるのは嬉しい。けれど、あまりに危険過ぎるのではないか。そんな葛藤があるようだ。


「キッカさん、大丈夫なんですか?」


 アイナさんに聞けば、絶対に「大丈夫だ」と言うに決まっている。

 だから、比較的冷静に状況を判断出来るであろうキッカさんに尋ねる。

 もし、少しでも危険だと思うのであれば、別の方法を考えてもらう。


 そう思っていたのだが。


「平気平気。あたし一人でもいいくらいなのに、この娘も一緒だしね。余裕よ、よゆー。ね」

「うむ。余裕のヨシュア・レイフォード」

「……誰よ?」

「え? い、言わない、だろうか? わたしが子供の頃は、町の人たちがみんな言っていたのだが……」


 余裕のよっちゃん――とかは、聞いたことがありますけどね。

 けど、そうか……


「お二人がそう言うのなら、ボクは信じます」

「うん。信じて待ってて」

「必ず助け出してくる。セミを」

「アイナさん……『セナ』さん、です」

「……お、惜しい」

「あんたねぇ……二文字を間違うとか……はぁ……一人で行こうかな」

「い、いや。一緒に行こう! きっと役に立ってみせる!」


 これで、本当にセミを持って帰ってきたらどうしよう……キッカさんがいるから、そこら辺は大丈夫だろうけど。


「では、お二人とも。気を付けて」


 握り拳を作って、二人に向かって精一杯の気持ちを送る。

 そして、出来る限り守ってほしい願いも。


「でも、無茶だけはしないでくださいね」


 そんなボクの言葉に、アイナさんはにっこりと、キッカさんはにやりと笑みを浮かべた。


「善処する」

「まー、大船に乗ったつもりで待ってなさいって」


 Vサインを高々と掲げて、キッカさんが店を出て行く。

 そして、アイナさんはドイルさんとクレハさんに向かって声をかける。


「あなたたちはここで待っていてほしい」

「し、しかし……」

「ここで、シェフの料理をしっかりと食べていてほしい」


 ドイルさんもクレハさんもお腹がすいているはずだ。


「い、いえ、食事は……胸が苦しくて何も食べたくは……」

「ダメ。しっかり食べるのだ」


 強い口調で言った後、アイナさんはそっと頬を緩める。


「空腹は生きたいという証。娘さんが無事に戻ってきた時に、あなたたちがくたくたでは可哀想だ。美味しいご飯を食べて、しっかりと『生きよう』と思っていてほしい」


 そう言って、ドアへと向かう。

 そして、ボクの方へと振り返り――


「すぐに戻る。待っていてほしい」

「はい。待っています。美味しいご飯を作って」

「ふふ……それは、楽しみだ」


 にっこりと笑って、出て行った。


 こういう時に、ボクは二人を手伝えない。

 手助けどころか、足手まといになるのが目に見えている。


 だから、ボクはボクの出来ることをやろうと思う。


「あ、あの……彼女たちは……大丈夫……なのでしょうか?」


 不安げな顔でドイルさんが言う。


「大丈夫です。本人たちがそう言ってましたから」


 安心させるように笑って、ボクはドイルさんとクレハさんをテーブルへと案内する。


「たくさん食べてくださいね。娘さんが帰ってきた時に笑顔で迎えてあげられるように」

「……はい」


 弱々しくも、ドイルさんとクレハさんは、笑ってくれた。


 それにしても……


 かつてボクがアイナさんに言った言葉――空腹は体が生きたいと思っている証拠――覚えていてくれたんだなぁ…………ふふ。

 そんな単純なことが嬉しくて、心がほっこりとしてしまった。大変な時なのに。

 気を引き締めて厨房へと入る。

 さて、何を作ろうか……



 アイナさんとキッカさんにも、ご褒美ご飯を作ってあげなきゃな。






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