本日の会場は落ち着いた雰囲気のレストランで、高級というよりかは、親しみやすい『町の洋食屋さん』といった雰囲気のお店だった。
こういうお店は、落ち着いて好きだな。
「こちらのお店の個室を用意してあります」
「個室があるんですか?」
「はい。種族によっては、同席して食事をするのに適さない方々もおいでですから」
……同席して食事するのに適さない…………
まぁ、確かに、種族が違えば食べるものも異なるだろうしね。
あんなに可愛らしい顔をしたカワウソでも、生きたコオロギとか食べるわけで……うん、食事時の配慮は必要かもしれない。
虫食の種族の人とは結婚できないかもなぁ……なんてことを考えながら店へと入る。
「いらっしゃい!」と、威勢のいい声に出迎えられる。
前回のような格式高いお店とは違い、店員さんがわざわざ出迎えて案内してくれるようなことはないらしい。
「では、まいりましょう」
先を行くカサネさんの後を追う。
入り口を入ってすぐの客席を越えて、奥の通路へと入る。
そこにはいくつかの扉が並んでいて、狭さと雰囲気からカラオケボックスを思い出した。
その中の一つ、『102』と書かれたドアの前でカサネさんが立ち止まる。
「こちらです」と短く言って、ドアをノックする。
いよいよ、始まる……
襟を正して深呼吸をする。と、中から「……はい」と、か細い声が聞こえてきた。
付き添いの人だろうか?
まさか、部屋を間違ったわけではないだろうし……
そんな僕の不安など知る由もなく、カサネさんは『102』番のドアを開く。
中にいたのは、月夜に照らされる小さな白い野の花のような、儚げで可憐な女性だった。
ドアを、閉めた。
はは、カサネさんってば。部屋間違えちゃって。お茶目さんだな。
「どうされたのですか、トラキチさん?」
僕に引っ張り出されたカサネさんが真顔で尋ねてくる。
いや、どうしたもなにも……
「部屋が違いますよ」
「いえ。本日の会場はこの『102』番個室です」
「じゃあ、あの人が間違えてるんですね」
「いえ。本日のお見合い相手は先ほどの女性、ミューラさんで間違いありません」
「………………替え玉?」
「そう思われるお気持ちは重々分かりますが……ご本人様です」
何があった!?
ミューラさんと初めて会ったのは昨日のことだ。
たった一晩で人間がアレだけ変貌できるのだろうか!?
『女将さん、昔はヤンチャだったんだぜ』
『もう、やめてください。昔のことですよ(くすくす)』
なんて風に人格が変わるのには、それこそ十数年の月日と、変わるに値する出来事がなければ不可能なはずなのに……
ミューラさん、この短時間で十歳くらい歳取ったんじゃないだろうか?
「カサネさん……説明を求めても?」
「実はですね……」
カサネさんの話はこうだった。
ミューラさんは今朝早くにカサネさんを尋ね、そして僕の理想の女性について質問をぶつけてきたそうだ。
その時は、昨日のあのメイクだったそうなのだが……
カサネさんが「もっとお淑やかになさっている方が好感を持たれると思いますよ」と言った途端、あの毒々しいまでにギラついていたミューラさんのオーラが掻き消えたのだという。
「一瞬、ミューラさんの姿が消えたのかと思いました」
一切の冗談を含まない声で、カサネさんはそう言った。
目の前にいて、まして向かい合ってずっと目を離さなかったというのに、カサネさんはその瞬間「ミューラさんが消えた」と思ったのだそうだ。
ギラついたオーラを脱ぎ捨てたミューラさんが……つまり、今この個室の中にいる彼女だというわけ…………なの、かな?
そんなことがあるのだろうか?
女性はメイクで変わるとは言うけれど……変わるにしても限度というものがあると思うのだけれど。
「待ち合わせ場所でお見かけした際は……しばらく気が付けませんでした…………相談員失格です……」
ものすごく落ち込んでいる。
でも、仕方ないと思う。
僕だって、こうやって説明されなければ、昨日のデスメタルメイクの女性と、この個室の中にいた儚げなあの女性が同一人物だとは到底思えなかった。……というか、まだちょっと飲み込めていない。
「とにかく、この中にいるのは間違いなくミューラさんです」
念を押すように言われて、僕はいまいち消化不良ではあるものの、それを受け入れた。
「相談員の人って、それぞれと待ち合わせして個別に会場まで案内しているんですね」
受け入れたが、まだ少し消化しきれていないので雑談を挟んでおく。
「そうですね。会場を指定された相談者様とは会場で落ち合うこともありますが、基本的には少し間隔をあけてご案内差し上げています」
「じゃあ、僕みたいに早く来ちゃう人は鉢合わせたりする危険が高くて迷惑です、かね?」
「いえ、大丈夫ですよ。ですが、今後はトラキチさんに先に会場入りしていただいてしばしお待ちいただくこともあるかと思います。基本的には不慣れな方を後にして一緒に会場入りするようにしていますね」
確かに、知らない場所で一人にされるのは不安だ。
前回も今回も、カサネさんは僕と一緒にお見合い会場に入り、そのままお見合いが開始した。だから、僕の不安も最小限に抑えられていた。
なるほどなぁ。本当に細かいところまで気を遣ってくれているんだな。
じゃあ、勝手な理由で戸惑って、一人で騒いで、折角セッティングしてくれたお見合いを台無しにしちゃいけないよな。
うん。真剣に取り組もう。
断る前提だから……なんて失礼な考えはかなぐり捨てて。
「カサネさん。僕、真剣にお見合いしますね」
僕の意思表明に、カサネさんはきょとんとした顔をして、そしてふわりと頷いた。
「はい。頑張ってください」
そして、懐から取り出したノートに何かを書き込んだ。
……なに書かれてるのか気になるなぁ、アレ。
「では、改めてまいりましょう」
「はい」
僕の首肯を確認して、カサネさんが再びドアをノックする。
そして、ゆっくりとドアを開いた。