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四章

盲目ゆえの失態 -1-

「これひとがみ?」


 私の言葉に、トラキチさんがきょとんとした目を瞬かせるという可愛らしい反応を見せました。


「はい。之人神これひとがみです」


 次回のお見合い相手は自分が探すと息巻いていた所長が選出してきたお相手が、その之人神でした。

 現在はそのご報告と、次回のお見合いについての打ち合わせをするため、相談所のいつものブースでトラキチさんと差し向かいで座っている状況です。


「なんなんですか、その之人神っていうのは?」

「人に至った神のことです」

「なるほど……すみません、よく分かりません。もう少し具体的に」


 一度頷いてみたものの、やはりよく分からないと首を傾げ縋るような瞳でこちらを見てくるトラキチさん。

 なんですか。あなたは祖先に小リスでもいたのですか? そんな顔していると松ぼっくりを与えますよ?


「元の世界で『神』と呼ばれていた者たち、と言えば分かりやすいでしょうか?」

「神様……ですか」

「はい」


 プロフィール確認の時同様、神には様付けするトラキチさん。

 様々な種族、様々な立場の者に敬意をもって接することが出来るトラキチさんの性分を思えば、それも納得です。


「様々な異世界が統合される過程で、異世界の神もまたこの『世界』へ統合されてしまうことがままあるのです」

「え、じゃあ……神様がいなくなった世界があるんですか?」

「割とよくある話ですよ」


 苦い顔をされました。

 人がいなくなるのも神がいなくなるのも、さほど大差ないと私は思うのですが。


「しかし、この『世界』にはすでに『世界』を創造した神がおりますので、元神たちには居場所がないと言いますか、することがないんです。民を見守る必要も、奇跡を起こす必要もありませんし」


 それらはすべて、この『世界』の神の役割です。


「えっとそれはつまり、……神様が失業した、ということですか?」

「そうですね。そういう解釈で問題ないと思います」

「問題がなくはないような気がしますが」


 面白い解釈だと思いました。

 神が失業。まさにその通りだからです。

 地元で愛されていた八百屋さんが地方へ引っ越したところ、引越し先のすぐ隣にその地方で愛されている八百屋さんがあり、地元の八百屋さんは八百屋さんを続けることが出来なくなった。

 そんな状況に似ています。


「中には神を続けている者もいます。もっとも、信者は激減し規模はかなり小さくなっているようですが」


 失業すると言っても、その技術や知識が失われるわけではありませんから、続けようと思えば続けられるのです。

 ただ、ライバルが強大過ぎるがゆえに、苦戦は不可避ですけれども。


「それで、神様を辞めてしまった元神様たちは、今何をされているんですか?」

「人へと至りました」

「人へと……至る?」


 世界が変われど、元は神と呼ばれ人々に崇められていた存在です。

 敬いの気持ちを持って接するべきである。と、考えられています。

 それゆえに、『人と成り果てた』『成り下がった』とは言えず、『人へと至った神』という表現がされているのです。

 あくまで前向きに、ポジティブに、いい感じに表現するのです。

 まぁ、内容はどちらでも一緒なのですけれど。


「つらくはないのでしょうか。信仰心が失われてしまったというのは」

「さぁ。それはそれぞれの之人神に聞かなければ分からないことですが、結構乗り気で人へ至った神が多いようですよ」

「そうなんですか?」

「はい。伝聞ですけれど」


 そうであると、私は所長に聞きました。

 所長が言うには――



 神は生まれながらに神であり、人を超越する、それこそ奇跡と呼ぶに相応しい力を有する特別な存在だった。

 それが誇らしくもあり、また孤独でもあった。

 だからね、神の中には人に憧れていた連中もいるのだよ。こっそり人に化けて人里へ紛れ込んだり、子供たちと遊んでみたりね。

 自己顕示欲の強い連中は、わざわざ神の姿で人の前に現れて分かりやすい奇跡を起こしてみたりさ。

 とにかく、人と関わっていないと退屈なのだよ、神って連中は。

 だからだろうね、人に至れると聞いた時には諸手を挙げてその話に飛び乗ったのさ。「これで世界を見守るだけの退屈な悠久の時間から解放される」ってね。

 人間の生き方はまどろっこしくて面倒で苦労ばかりだけれどさ、連中は楽しくやっているのだと思うよ。



 ――とのことでした。


「そうなんですか。大変なんですね、神様も」

「そのようですね」


 苦労があるのは人も同じです。

 特別労う必要もないでしょう。


「神様とお見合いするなんて、緊張しますね……お清めとか行っておいた方がいいんでしょうか?」

「普段と同じで構わないと思いますよ」


 と、答え、ふと、普段なら決してしないような質問をしてみたくなりました。


「ちなみに、お清めをするとしたらどのような方法をお考えですか?」

「え、っと……あまり詳しくないんですが……滝行、とか?」


 滝の水圧に負けて流されていくトラキチさんが思い浮かびました。


「あとは、お清めの塩を全身に振りかけたり」


 大量の塩に塗り固められているトラキチさんが思い浮かびました。


「もっとすごいのだと、火行っていうのがあるんだそうですよ。燃え盛る炎の上を裸足で駆け抜けていくという……」


 石窯でこんがりと焼かれるトラキチさんが思い浮かびました。


「洗って、塩を振って、焼く。まるで鯛の塩釜焼きのようですね」

「全部一遍にはやらないですよ!?」


 ちょっと涙目で抗議してくるトラキチさんが可愛らしくて、――これは、私がどんなに想像しても思い浮かべることが出来なかったであろう可愛らしさですね――思わず笑ってしまいました。


「くすくす……、冗談です」

「もう……、あはは」


 そんな冗談も、笑って許してくれるトラキチさんを見ていると、なんだが胸の真ん中辺りがじんわりと温かくなって――





 ――かぷ。





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