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第5話 魔法師団



 任務終了後に報告書をかならず提出することになっているが、皆日々の忙しさに負われて書類仕事は滞りがちになっている。


 エリザも例にもれず三件ほど報告書を滞らせているので、今日のぽっかり空いてしまった時間で全部済ませてしまおうと考えていた。




 事務所の扉を開けると師団長と補佐官が奥の机にいるのが目に入った。


休みなのに事務所に来たから何か言われるかなと身構えていると、案の定師団長がエリザの姿を見つけると、何かを察したようにニヤッと笑いわざわざ机から立ち上がってこちらに絡んできた。




「なんだ、エリザ。今日は休みのはずじゃなかったか? ああ、振られてデートがキャンセルになったのか?」




 痛いところをつかれて思わず師団長を睨むと、がははと笑われてますます腹が立つ。




「うるさいです……放っておいてください」




 師団長は優秀な魔術師であるが、絶望的にデリカシーがない。今のところ女性の隊員がエリザしかいないせいもあり、女性に対する配慮が皆無なのである。


 そもそも現在男性ばかりの魔法師団にエリザを引っ張ってきたのはこの師団長だ。


 それに、女性なのだから行動班に入らずサポート役に回るべきという周囲の反対を押し切って、才能があるのだからと現場に放り込んだため、エリザは他師団員から同情と嫉妬の両方を向けられる難しい立場になってしまったのである。




 性別で差別しない師団長に感謝している面もあるが、その態度が逆にエリザだけ特別扱いしているように他人には見えるらしく、師団長の愛人じゃないかなどと根も葉もない陰口を言われる原因にもなっている。




「男に貢ぐために危険任務をガンガン請け負っていたのになあ。振られるとは可哀そうに。まあでもよかったんじゃないか? エリザはちょっと無理しすぎだったからな」




 以前師団長から、危険手当がつくような任務を人より多く請け負うエリザに、借金でもあるんじゃないかと疑いをかけて問い詰めてきたためその際に恋人の学費等を援助している話をしてしまっている。




「だったらこれを機に内勤に移動したらどうですか? そんな不純な動機でいい加減に危険任務に当たられても迷惑です」




 師団長の隣にいる補佐官のクロストが、銀縁眼鏡の奥から睨みをきかせて嫌味を言ってくる。


 この人は以前から、女性が魔法師団で働いていることについて不満に思っているらしく、常日頃からエリザに嫌味を言っていた。




「いい加減、貴族の女性として役目を果たすべきです。優れた魔力をもっているのだから、その血筋を欲しがる人は多いでしょう。男の真似事をするよりも、優れた子を産むことのほうが有意義ですよ。そろそろまじめに結婚相手を探したほうがいい」




「職務には真面目に取り組んでいます。第一、私は師団長から請われて入団したんです。持つ者の責務だと言われて。それなのに、更に子を産むことまでも責務ですか? 国のために働いているのに、この状況で子を産むことまで強要される謂れはありません」




 クロストの酷い言い分に腹が立って強めに言い返すが、悲しいことに彼の意見は貴族のあいだではまかり通る考えなのである。


 当然のことだが、魔法は魔力を持つ者にしか扱えない。魔力を持って生まれるのは王家から派生した貴族の血筋にしか発現しない。


 貴族の優劣は王家に血筋が近いことよりも、より多く優れた魔力持ちの人間を輩出した家が優れた家系として扱われる。




 エリザの家は元々下位の貴族だったが、魔法師団からスカウトが来るほどの才能を持った娘が生まれたため、その地位を向上させている。


 魔力持ちの者からは、また魔力を持った子が生まれる場合が多く、そのため魔力持ちの女性は国からも結婚出産を推奨されているのは事実だ。




 人手不足の魔法師団から是非働いてほしいと請われてここにいるが、団員の中にはこの補佐官のように、強い魔力持ちの女性は結婚出産が至上命題だと考えている者もいる。




 とはいえ、時代を逆行する古い考えだと非難の対象になるため、このクロストのように口にするものは少ない。




 エリザが言い返すと補佐官はあからさまにムッと顔を歪ませる。だが師団長が口をはさんできて、


「コイツ、ひねくれてっから素直に心配だって言えないだけなんだよ。だからエリザ、嫌味じゃないから気にしなくていいぞ」


 と揶揄われたため、補佐官は顔を真っ赤にして怒って給湯室へ行ってしまった。


 別に追いかけてフォローする必要もないためエリザは師団長の軽口も無視して書類作成に取り掛かった。




 紙にペンを走らせながら、フィルのことを考える。


 実はエリザの両親も、クロスト補佐官と同じような古い考えを持っていて、フィルと恋人であると告白した時に大反対されその時からずっと別れろと言われている。




 フィルは所謂『持たざる者』であった。




 魔力の大小はあれど、貴族の生まれなら多少の力はあるのが普通であるのに、フィルは平民と同じく魔力無しの鑑定を受けていた。


 魔力を持たないというのは、貴族としては致命的である。


たとえ長男であっても家督を継ぐことはまずありえない。


 フィルは持たざる者であるうえに、三男坊だったためあっさりと養子に出されてしまった過去がある。


 現在はその養子先からも出奔してしまったため、フィルはすでに身分的には平民ということになっている。


 だからエリザの両親は、せっかく優れた魔力持ちの娘が生まれこれから家の地位が向上していくという時に、わざわざ平民落ちしたフィルと結婚させるわけにいかないと強く主張している。魔法師団に入っていなければ、親の権限で無理やり婚姻させられていたかもしれない。


 エリザが給金からフィルに援助するために生活を切り詰めているのも、家族にフィルとの関係を秘密にしているからだ。




 フィルが士官を目指した理由も、もとはと言えば陸軍所属の魔法師団に勤めるエリザと釣り合う職に就いて、結婚を認めて貰いたいと願ったことから始まったはずだった。


 駆け落ちでもいいと言ったエリザを諭したのはフィルのほうだったのに。




『必ずご両親に認めてもらえるような男になる』と誓って、将来一緒になってほしいと言ってくれたあの日。


 あれは嘘だったのか、あれから変わってしまったのか分からない。






 考え事をしながら書いていた割には報告書の作成は順調に進み、昼過ぎにはもう溜まっていた分を書き終えていた。


 元より休みであるわけだし、家にあの男を残してきているのも気になるから今日は帰ろうとしていたところで、師団長に呼び止められた。




「お前、もう帰るのか? 悪いがちょっと現場で揉めているって報告が来たから、手伝ってくれないか?」




「ええ……ハイ、いいですけど」




 師団が今日駆り出されているのは、王都に存在する人身売買の斡旋をする組織の一斉摘発である。自警団と軍部が主体でおこなうのだが、違法な武器や薬物を組織が所持しているという情報があったため、魔法師団のメンバーに協力要請が来た。




「突入した部隊が毒か何かにやられたみたいでな。そっちの救助活動に人手を割かれているから、俺も現場に呼び出されたんだ」




「毒ですか? 衛生部隊は?」




「そっちもすでに現場に向かっている。死者は出ていないが、使われたものが不明だから現場の確認と清浄化を我々が請け負う」




 武器とマスクを携えてエリザは師団長と共に現場へと向かう。




 そこは敵も味方も入り乱れて多数の人間が地面に倒れ込んでいて、わずかな動ける者が駆けずり回って手当てをして混沌とした状態になっていた。


 師団の仲間が二人の姿を見つけ、駆け寄ってきた。




「師団長! ご足労いただき申し訳ございません!」




「酷い有様だな。状況は?」




 突入部隊に加わっていた団員の話によると、犯罪組織のアジトに踏み込んだところで組織の人間が証拠隠滅を図ったのかアジトの地下室に火を放った。


 燃料を狭い地下室に放り込んだせいか、小爆発を起こし、それに巻き込まれやけどをした者もいるが、被害が大きくなったのは爆発によって広がった煙が原因だった。




「アジトの建物内に煙が一気に充満しまして、うっかりそれを吸い込んだ者が次々と昏倒していったのです。地下室になにか危険な物質が保管されており、それが爆発の影響で周囲に巻き散らかされたのではないかと」




 団員はとっさに風魔法で煙を吹き飛ばしたため、意識を失わずに済んだが、わずかに吸い込んでしまったのか頭がクラクラしていると言う。







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