それから、アサギさんの作業を見ながら、わたしたちはたくさんおしゃべりをしました。
店内の改装について。
新しいベーグルサンドの具材について。
そして、もうすぐやってくる仮装祭りの衣装について。
ふふ。エスカラーチェさんと一緒にお祭りへ行くお約束を取り付けました。
アサギさんと三人で回るお祭りは、きっと楽しいはずです。
カナさんは、お店があるので残念ながらご一緒できませんが、仮装した姿を見せに来るとお約束しました。
そして、ベーグルが焼け、厨房内にいい香りが立ち込めます。
「アサギさん、それは何を作っているんですか?」
「中に塗るクリームだ」
ブルーベリーとクリームチーズ、そして『練乳』というものを混ぜたクリームを練り合わせているアサギさん。
『練乳』というものを舐めさせてもらったところ、とても甘くて驚きました。
「あとは、サツマイモのクリームを……」
「お手伝いします!」
「……味見以外なら、構わんぞ」
「ぅ……、そんな、意地汚い動機ではありませんもん」
嘘です。
ほんの少しだけ、「お手伝いしたら味見させてもらえるでしょうか?」という意地汚い打算がありました。
まんまと見透かされてしまいました。
「まず、ベーグルを三枚にスライスする」
「三枚なの?」
ベーグルサンドは、ベーグルを二枚にしますが、今回は三枚だそうです。
「デザートにするには、ちょっと重いからな。間を抜いて、軽く食べられるようにするんだよ」
「なるほどなの。そうしたらティータイムのデザートにピッタリなの!」
ベーグルは重い。
そんな常識を覆すような、斬新かつ大胆な発想でした。
そして、抜き取られた中間部分のベーグルは……
「これはもっとカリッと焼いて、カナッペにする」
カリッと焼き、一口サイズに切り分けられ、その上にクリームと果実が盛り付けられていきます。
お皿に並んだベーグルサンドとベーグルカナッペは、目にも可愛らしい、オシャレなスウィーツに変貌していました。
これなら、可愛いものが好きな女性の心を掴むこと請け合いです。
「小さく切り分けて少量を出すようにすれば気軽に食べられるようになるし、クリームに合わせる果実を変えればいろんな味を楽しめる」
「全部違うクリームにしたら、食べ比べが出来て喜ばれそうなの!」
アサギさんとカナさんの間で意見が交換され、あっという間に新商品が誕生しました。
わたしも、このスウィーツは売れると思います。
「食べてみるか」
アサギさんに勧められ、わたしはカナッペを、カナさんはサンドの方を手に取りました。
一口で食べきるには少しクリームが盛られ過ぎの、ちょっと贅沢なカナッペを口へと運びます。
サクッ――として、その瞬間練乳の甘さと、クリームチーズのコクと、ブルーベリーの適度な酸味が口いっぱいに広がって……
「美味しいです!」
「感動なの! これは、感動的な美味しさなの!」
わたしとカナさんは大はしゃぎをしてしまいました。
そして、もう一人。
「……ぅぅうんまぁぁ~」
エスカラーチェさんが頬を押さえてうっとりとされていました。
「……お前、いつの間に食った?」
「あなたが見ていない間に、ですが?」
「食うなら言えよ。急に感想が飛んできてびっくりしたぞ」
「私の口元を盗み見たいとおっしゃるのですか? エッチ、スケッチ、スポポビッチ」
「誰だ、スポポビッチ!?」
いつものような憎まれ口も、心なしか楽しそうな声音に聞こえます。
エスカラーチェさんも、このスウィーツを気に入ったようです。
「これ、なんて名前にすればいいカナ!?」
「ベーグルサンドでいいんじゃないか?」
「それじゃお食事のと一緒なの! これはスウィーツなの! 違う名前が必要なの!」
「……自分で考えればいいだろうに……」
なんて不満そうに言いながらも、アサギさんは頭を捻り、そしてカナさんが納得する回答を導き出すのです。
「スウィーツベーグル、とかで、どうだ?」
「それいいなの! 採用なの!」
アサギさんは、やっぱり面倒見のいい優しい人なのだと思います。
「それじゃ、もう一品。サツマイモクリームの方も作ってみるか」
「賛成です!」
アサギさんはとてもいい人です!
人の気持ちが汲める素晴らしい人です!
「喜び過ぎだ」
呆れたような顔でわたしを見て、アサギさんがそう言いました。
視線は、わたしの目線の少し上で忙しなく上下していました。
……あ。またヘアテールが動いてしまっていたようです。
一人でいる時は、ヘアテールの動きを感じられるのですが、アサギさんといると知らないうちに勝手に動いていることが多いようです。
というか、動いていることに気が付けないほど、アサギさんの方へ意識が向いているようです。
だって、アサギさんはふとした表情や、ちょっとした仕草がとても魅力的な方ですから。
「クリーム、ついてるぞ」
「……へ?」
不意に、アサギさんの手が伸びてきて、少しひんやりとした親指がわたしの頬を撫でました。
どうやら、先ほどカナッペを食べた際にブルーベリークリームが頬についてしまっていたようです。
……気付きませんでした。
お恥ずかしいです…………恥ずかしい、から、ですよね? なんだか、頬が熱いです。
「す……すみません」
なんだか、ものすごく恥ずかしくて、まともに目も見られずに謝罪の言葉だけを述べ、頭を下げました。
「ふ……っ」と、軽やかな笑いがアサギさんの口元から漏れ聞こえてきて、わたしの頬は一層熱を帯びるのでした。
……なんでしょう。
ひんやりとした指に撫でられたから、ですか? その反動でものすごく熱く感じるのでしょうか。
「おイモのスウィーツサンド、楽しみです」
そんな言葉を口にして、アサギさんの手元を見る風を装って――アサギさんのお顔を盗み見ました。
「どんだけ好きなんだよ」
と、呆れて微笑むアサギさんの顔は、とても柔らかくて――あぁ、いいなぁ……と、思いました。
「…………?」
なんでしょう?
今一瞬だけ、呼吸が出来ませんでした。
おイモのベーグルが焼き上げられると、とてもいい香りが立ち上り胸の中いっぱいに幸福感広がっていきます。
きっと、期待し過ぎているのでしょう。
そんなだから、アサギさんにも呆れられてしまうのでしょう。
『どんだけ好きなんだよ』
アサギさんの声が、もう一度耳の奥で響きました。
まったくですね。
自分の意地汚さに呆れ、わたしはスペシャルなスウィーツの完成を待ちました。
その日いただいたおイモのスウィーツベーグルは、それはもうとてもとても美味しくて、絶対に流行ると確信しました。
とても美味しくて、とても幸せで――
とっても甘ぁ~い味がしました。