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挿話

仮装祭りに集う縁~アサギ&ツヅリ~ 前編

★★アサギ★★


 仮装祭りの朝、俺は少しだけ気合いを入れて朝食を作っていた。

 ルーガルーの顔を模したおにぎり。

 我ながらいい出来だ。


「わぁ、可愛いわんわんですね」


 事務所の給湯室で料理をしていた俺の背後から覗き込んでくる犬耳。

 今日のツヅリは、宣言通りルーガルーの仮装をしている。

 犬耳に、肘付近までを覆う肉球付きのグローブ。そして、ベルトに固定する犬の尻尾。

 服装はおとなしめなものをと思ってブラウンの地味なTシャツとスカートなのだが……地味ゆえに他人よりも主張の激しいツヅリの胸がことさら存在感を増している。

 ……何か、ベストのようなものを大至急手配しなくては。


「見せてもらっていいですか?」


 と、断りを入れて、ツヅリがルーガルーおにぎりを皿ごと持っていく。

 そして、顔の横に持ってきてこちらに向けるように見せてくる。


「可愛いですね」

「あぁ、まぁ……な」


 どっちが可愛いわんわんだ。


「大至急、ベストを手配してまいりました」


 ツヅリの後ろから「ぬっ!」と現れた無表情な仮面、エスカラーチェがツヅリにベストを着せている。

 ……こいつ、やっぱりこの付近に盗聴器を仕込んでんじゃないか?

 いや待て、さっき俺は声を出していなかったはずだ。……朝っぱらから人間離れしやがって。


「おはようございます、エスカラーチェさん。ワーウルフのおにぎりですよ」

「ルーガルーだ」


 誰がワーウルフなんか作るか。あんな不愉快な生き物。

 女と見れば誰彼構わずナンパしやがって。

 どうせ今日も、大通りで手あたり次第ナンパでもしているのだろう。


 そのおにぎりのモチーフはワーウルフではなく、ツヅリ……が仮装しているルーガルーだ。


「時に、このおにぎりは……舐める用、ですか?」

「食べる用だ」


 なんでおにぎりを舐めるんだよ。

 あぁ、そうかそうか、お前はこう言いたいわけか。

「ルーガルーに仮装した大家さんの顔を見ながらルーガルーの顔を模したおにぎりをペロペロ舐めるつもりなんですね、このど変態」と。

 誰がするか。


「エスカラーチェさん、とっても可愛いです」

「あぁ、まったくだ。どう見てもナスには見えん」

「ふん……小さなことをいつまでも覚えている人ですね」


 ナスビの仮装をするなどと言っていたエスカラーチェは、猫耳をつけたキャットウーマンになっていた。

 いつものロングドレスではなく、チューブトップに上着を羽織り、そしてホットパンツという露出度の高い衣装を身に纏っていて……正直、目のやり場に困る。

 艶めかしいまでに白い肌が、黒いキャットウーマンの衣装によく映えていた。


「今制作されているのは、キャットウーマンのおにぎりですか」

「あぁ。折角だからセットにしようと思ってな」

「……舐める用」

「食べる用だ」


 だから、おにぎりに舐める用なんてもんはねぇんだよ。


 小さめのおにぎりを3セット作り、みそ汁と玉子焼きをつけて簡単な朝食とする。

 今日は大通りに屋台が並ぶということで、食事は軽めだ。ツヅリが食べ歩きを楽しみにしていたからな。


「アサギさんの仮装が含まれていませんね」


 二つ並んだおにぎりを見て、ツヅリが呟く。


「本当ですね。折角ユニークな顔の仮装をされているのに」

「残念だったな、顏は弄っちゃいねぇんだよ」


 ユニークな顔で悪かったな。


「アサギさんのお顔は、とっても整っていて綺麗ですよ」


 ……いや、そう言われるのは、それはそれで反応に困るんだが。


「アサギさんはどんな仮装をされるんですか?」

「俺は、まぁ、普通だ」


 仮装と言って真っ先に思い浮かんだのがコレだった。

 都合よく服屋に似た雰囲気の衣装があったので、少々無難過ぎる気はするがコレにしたのだ。


「俺の仮装は、ヴァンパイアだ」


 白いドレスシャツに赤いベスト。襟の立った黒い外套、そして黒いスリムなパンツ。

 あとは雰囲気を出すためにオールバックにでもすれば、ヴァンパイアらしくなるだろう。

 牙がないので、少々片手落ちではあるけれど。


 俺のヴァンパイア姿を眺め、ツヅリが小首を傾げて呟く。


「『参拝者』?」

「一般人!?」


 ヴァンパイアが参拝者に聞こえちゃったのか!?

 今ツヅリは犬耳カチューシャをつけているから耳が四つもあるんだが、どれ一つとしてまともに機能してない可能性があるな。


「『アンパイア』ですよ、大家さん」

「審判でもねぇよ! ヴァンパイア!」


 どんなに力説しても、ツヅリとエスカラーチェは小首を傾げる。

 いないのかな、この『世界』にヴァンパイア! だとしたら、ある意味安心できるけどな!


「……俺のいた世界の架空のモンスターだ」

「美女の首筋をペロペロする魔物ですね」

「お前、知ってんじゃねぇか! ……いや、ペロペロはしないけども!」


 条件反射なのだろうが、ツヅリが肩をすくめて首を隠したのが軽くショックだった。

 ペロペロしねぇわ。


 仮装はいまいちな反応だったが、今さら変更は利かない。

 今日はこの格好で行くさ。

 そこまで奇抜な服装じゃないのが不幸中の幸いだ。

 フランケンシュタインとかゾンビとかミイラ男とか、すげぇ力作でスベったら目も当てられないところだった。


 まだまだ、リサーチが足りないな。






☆☆ツヅリ☆☆


『ばんぱいあ』というモンスターの仮装をされたアサギさんは、こう言っては申し訳ないのですが、ちょっとオシャレをしたアサギさんでした。

 ダンスパーティーにでも招待された貴族のような出で立ちで、端正なお顔も相まってとてもよく似合っています。


 アサギさんのお話では、ばんぱいあなるモンスターは、美女を魅了してその生き血を啜るのだそうで……そういう意味ではアサギさんはばんぱいあに向いているかもしれません。

 今のアサギさんに耳元で愛を囁かれたら、魅了されてしまう女性は大勢いるでしょう。


「アサギさん。よくお似合いですよ」

「……あの薄い反応の後に言われてもな」


 知識がなく、アサギさんの仮装がよく分からなかったせいで、アサギさんが少し拗ねてしまいました。

 どうしましょう……ちょっとだけ、可愛いです。


「わたあめ、買ってあげますね」

「お前が食いたいだけだろう?」


 う……。

 確かにわたしも食べたいですが……アサギさんと一緒に食べたいと思ったんですよ。

 本当ですよ?


「ご馳走様でした。とても美味しいおにぎりでした」

「お前、いつの間に食った!?」


 仮面をつけているエスカラーチェさんは、人前では食事をされないのですが……わたしたちが見ていない隙にささっと食べてしまわれたようです。

 目にも留まらぬ早業です。

 でも、気持ちは分かります。

 だって、このおにぎりはとっても可愛くて、とても美味しそうですから。


「俺らも食うか」

「はい。いただきます」


 事務所のテーブルで朝食を取り、わたしたちは仮装祭りに出かけました。

 大通りに出店が出ているのですが、そちらへ行く前にトカゲのしっぽ亭へ向かいます。

 カナさんに今日の仮装を見てもらうんです。そして、カナさんの仮装を見せていただくのです。


 カナさんは、一体どんな仮装をされているのでしょうか。

 きっと可愛い仮装だと思います。カナさんですから。


 逸る気持ちを抱えて、わたしたちは街へと繰り出しました。






「いらっしゃいなの~!」


 トカゲのしっぽ亭で出迎えてくれたカナさんの背中に、無数の白くて丸っこい『何か』が突き刺さっていました。

 あれはなんでしょうか?

 白いオタマジャクシのような……


「すいとんの仮装とは斬新だな」

「すいとんって何カナ? え、食べ物? 違うなの! これはネクロマンサーなの!」


 マントを広げてバタバタと抗議するカナさん。

 どうやら、背後に漂っているのは死者の魂のようです。白いオタマジャクシではありませんでした。


「どこに差しているんですか?」

「背中に粘土を背負ってるなの!」


 振り返ったカナさんは、カナさんの背中とほぼ同じ大きさの粘土の塊をリュックに入れ、そこに死者の魂を突き刺しているようでした。

 死者の魂からは細い棒が出ていて、正面から見れば、カナさんの周りに死者の魂が浮遊しているように見え……ます。はい、見えます。


 ですが、とても重そうです。あの大きさの粘土は、きっと重いと思います。


「ツヅリさん、とっても可愛いなの」

「ありがとうございます」

「エスカラーチェさんは、ちょっとセクシーなの」

「ちょっとですか。では、本気を出しましょう!」

「わぁ、やめてなの! アサギンもいるから、ダメなの~!」


 ただでさえおヘソが出ている服装なのに、それをさらに捲くり上げようとしたエスカラーチェさんをカナさんが必死に止めました。

 エスカラーチェさんが楽しそうに肩を揺らします。

 冗談だったようです。


「アサギンだけ普段着なの」

「……くっ」


 理解を得られず、アサギさんが苦々しい表情を浮かべます。

 やはり、ちょっとオシャレなアサギさんに見えるようです。


「カナさん。これは、アサギさんの『世界』のモンスターの仮装なんですよ」

「そうなのカナ? どんなモンスターなのカナ?」

「『妖怪首筋ぺろり~な』です」

「違ぇわ! で、首を隠すな、カナ!」


 アサギさんが必死に訴えますが、カナさんは首筋を隠してぷるぷる顔を振っています。

 うふふ。分かります。

 今のアサギさんに首筋をペロペロされたら、ドキドキして大変なことになってしまいますもんね。ダメですよね。


「アサギン、もうちょっと分かりやすい仮装の方がよかったなの」

「『すいとん』に言われたくねぇよ」

「ネクロマンサーなの!」


 背中に刺さった死者の魂を一本引き抜き、ぽこぽことアサギさんを叩くカナさん。

 あれが、ネクロマンサーの攻撃なのでしょうか。壮絶です。

 アサギさんは平然な顔で受け流していますけれども。


「しかし、暇そうだな」

「う……ま、まぁ、今日は大通りに屋台が出ているから……なの、たぶん」


 たまにしか出ない屋台に、街の人は殺到します。

 そうなると、毎日同じ場所で営業しているお店はちょっと暇になってしまうようです。

 残念ですけれど、仕方ないことかもしれませんね。


「じゃあ、暇なうちにツヅリと屋台でも見てこいよ」

「へ?」


 アサギさんがカウンターの中に入って、カナさんに言いました。


「店番しててやるから」

「え、でも……」


 と、カナさんがわたしを見ます。

 なんだか申し訳なさそうな顔で。


「折角、なのに……」

「折角だから、だよ」


 不安げなカナさんに、アサギさんは優し気な瞳を向けて言いました。


「折角力入れて仮装したのに、こんな人っ子一人やって来ない寂しい店で一日過ごすのはもったいないだろう? ツヅリと一緒に、出店見てこいよ」

「でも、それだとアサギンが……って、人っ子一人やって来ない寂しい店じゃないなの! お客さん、午後にはちゃんと来てくれるなの!」

「だったら、今のうちに祭りを堪能しとけ」


 言って、カウンターの下からエプロンを引っ張り出して身に着けました。

 あんなところに替えのエプロンがあったんですね。知りませんでした。


「でも、いいの、カナ? アサギンもツヅリさんたちとお祭り回りたい、よね?」

「俺らには午後もあるからな」

「そうですね。わたしも、折角ですのでカナさんとお祭りを回ってみたいです」

「いいの?」

「もちろんです」

「じゃあ、ちょっとだけお願いしてもいいカナ?」

「おう、任せとけ」


 カナさんの顔にぱぁっと喜びが広がりました。

 アサギさんって、本当に誰かを笑顔にするのが上手です。

 他人の心が見えているかのようです。


「ツヅリ」


 喜ぶカナさんを見ていると、アサギさんに名を呼ばれました。

 視線を向ければ、少しだけ申し訳なさそうにも見える笑顔でこう言われました。


「美味そうな店があったら、あとで連れて行ってくれな」


 それは、「午後は一緒に回ろうな」という約束のように聞こえて。


「はい。リサーチしておきます」


 わたしは、少し得した気分になりました。

 カナさんとのお祭り、アサギさんとのお祭り、その両方を楽しめるのですから。


 お祭りの本番は夜です。

 その前の、比較的人の少ない時間を、わたしたちは女の子三人で歩くことにしたのでした。







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