ベッドを抜け出し窓を開けると、身を切るような冷たい風が吹き込んできました。
この時期は日課が増えます。
「はぁ~……はぁ~……」
と、二度ほど火吹き龍ごっこを楽しんで、窓を閉めます。
日課、終わりです。
「さて、着替えてアサギさんを迎えに行きましょう」
今日も新聞屋さんまで一緒にお散歩です。
これまでは朝起きることが億劫に感じることもありましたが、ここ最近はそんな日が一日もありません。
どんなに夜更かしをしてしまった翌日だって、わたしは朝早くに目を覚まし、きちんと身支度をしてアサギさんと一緒に新聞屋さんへ行っています。
アサギさんと歩く早朝の道はとても気持ちよくて、毎日の楽しみになっています。
そして、その後に待っているアサギさんの朝食も楽しみの一つです。
毎朝、美味しいんですよねぇ。何が出て来るのか、今からワクワクしています。
弾むような足取りでクローゼットを開け、詰め込まれた衣服を引っ張り出してきます。
最近、着る服を決めるのに時間がかかるようになってしまいました。
実は以前、フードのついている上着を着ていったら、アサギさんがフードの中におイモを入れたんです。
急に重たくなってあゎあゎしてしまって、取り出してみたらおイモで、どうしたものかと思っていると、アサギさんが可笑しそうに笑っていて、「あぁ、イタズラをされたんだ」と気付いたんです。
アサギさんは、急に子供っぽいことをするのでびっくりします。
あと、やっぱりふわふわしたものとぷらぷら揺れる感じのものが好きなようです。
ふふ、幼い子供のようですね。
「今日はぼんぼりのついた服にしましょう」
ふわふわとした生地で、胸元に大きなぼんぼりが二つぶら下がっている服を選びました。
寒さも厳しくなってきましたし、これくらいもこもこしていても大丈夫でしょう。
「上着は……」
上着を着ると、折角のぼんぼりが隠れてしまいますね……
「まぁ、大丈夫でしょう。わたしは、寒いのは割と平気ですから」
そんなことよりも急ぎましょう。
服を選ぶのに時間をかけ過ぎました。アサギさんを待たせるのは申し訳ないです。
そうして急いだのがマズかったのでしょう。
急ぎ足で部屋を出ようとして、わたしは廊下に積んである荷物を倒してしまいました。
麻の袋の口が開き、中身がばらばらと廊下に転げ落ちてしまいました。
あぁ~……。
片付けは、あとでも構いませんよね?
少し散らかってしまった廊下を一瞥して、わたしは靴を履いて外へ出ました。
片付けよりも、朝のお散歩の方が大切ですから。
「寒そうだな」
二階に降りると、アサギさんが待っていて、開口一番にそんなことをおっしゃいました。
「そうですか?」
「上着はいらないのか?」
「はい。大丈夫です」
そう言って胸を張ります。
一瞬、アサギさんの視線が胸元へ向かったので、「ここだ!」と思って、これ見よがしにぼんぼりを揺らしてみました。
そうすれば、アサギさんはついつい揺れるぼんぼりを目で追ってしまうと思ったのですが……
「…………っ」
ばっと、目を逸らされてしまいました。
それも顔ごと。
……このぼんぼりはお気に召さなかったのでしょうか?
もう一度揺らしてみます。
……えい。
「やっぱり寒そうだな。上着を貸してやるから羽織っていけ」
言うが早いか、アサギさんは羽織っていた上着を脱いでわたしの肩にかけてくれました。
じんわりと温かく、これがアサギさんの体温なのかなと思いました。
ほんのりと、アサギさんの匂いがしました。
「ですが、それではアサギさんが寒いのでは?」
「俺は大丈夫だ。今日は、なんだか温かいしな」
言われてみれば、アサギさんの顔が少しだけ赤い気がします。
「……風邪、ですか?」
「違うから、気にするな。ほら、新聞を買いに行くぞ」
ぽんっとわたしの背を叩き、先に歩き出すアサギさん。
後ろから後頭部を見上げれば、少しだけ耳の先が赤く染まっていました。
事務所のビルを出ると、運河から冷たい風が吹きつけてきました。
「寒っ!」
「やっぱり、上着を返しましょうか?」
「いや、いい」
「でも……」
「平気だ。もう慣れた」
順応が早いですね、アサギさん!?
「では、もし寒くなったら言ってくださいね」
わたしは体温が高いので、きっとアサギさんを温められると思います。
「……まぁ、必要があれば、な」
「はい」
アサギさんと並んで歩き出します。
運河から冷たい風が容赦なく吹きつけてきますが、わたしはアサギさんの上着に包まれ、アサギさんの体温と、アサギさんの匂いをほのかに感じていたおかげで全然苦痛とは思いませんでした。
アサギさんは、少し寒そうにされていましたけれど。