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相容れない二人 -1-

 今日、俺たちはトカゲのしっぽ亭に呼び出された。


「見て見て、アサギさん! 俺の考えた新しいレシピ! お砂糖ライスボール! 甘くてすっげぇ美味いんだぜ!」


 目の前に、ティムが作ったのだというおにぎりが差し出される。

 ……お前、わざとか?


「ベーグルじゃなきゃ、メニューには載せられないだろうが」

「そうなの! やっぱりアサギンは分かってるなの!」


 カナ曰く、ティムがトカゲのしっぽ亭の新メニューを考えたいと言い出したのでチャレンジさせていたら、迷走に迷走を重ねてこんなものを出してきたのだという。


「味は悪くないんだけど、やっぱりベーグルを使った料理を考えてほしいカナ」


 ……味、悪くないんだ。


 まぁ、普段なら「お前、味覚が死んでんのか?」と、真顔で目の前の甘いにぎりめしを地面に叩き落とすところなのだが……今はそれが出来ない。

 くっ、なんてタイミングで出しやがるんだ。否定しにくい。


「一部地域では、需要があるようですね……アレ」

「……みたいだな」


 ツヅリも苦笑している。

 苦笑なのでツヅリ的にもアレは失敗だったと思っているのだろう。

 塩と砂糖を間違えるなんて……ふふ。なんてベタな。


 ただまぁ。



 俺のために作ってくれた飯ってのは、本当に嬉しかった。



 同じ材料なのに、ただのおにぎりなのに、全然違う味に感じた。

 本当に、美味いって思ったんだよな。


 ホント。

 人間なんてのは単純な生き物だよなぁ。


「アサギさんも一口食べてみてってば。美味いから、マジで!」


 ……人の思い出に土足で踏み込んでくるな。


「カナのOKが出たヤツだけ食わせてもらおうか」

「うわぁ~、マジかぁ……折角、アサギさんのOKをもらって店長に納得してもらおうとしてたのにさぁ……」


 つまり、俺が「これは美味い、是非メニューに加えるべきだ」と言い添えることで、うんと言わないカナを納得させようとしていたわけか……


「自分の力で勝ち取らなきゃ意味ないだろうが。なんのためにメニュー考えてんだよ」

「それは、俺もこの店の役に立ってるって思いたくて……」

「じゃあ、カナを丸め込むんじゃなくて、本当に納得させられるように努力を続けろよ。ズルして認めさせて、お前はそれでいいのかよ」

「それは…………そりゃ、出来れば実力で認めてほしいけどさ……」


 目的と手段が逆転してしまっているのだ。

 もう一回考え直せ。


「カナだって、イジワルしてお前の料理を認めないわけじゃないんだろ?」

「当然なの。一緒にお店を盛り立てる仲間として、きちんと公正にジャッジしてるなの! その上で、とてもメニューには載せられないなの!」

「くぅ~……! 分かった! もう一回一から考え直す!」


 頭をかきむしって、声を上げるティム。

 なんだか、焦っているように見える。


「何かあったのか?」

「今度ね、ティムがお見合いするなの」

「はぁっ!?」


 聞いてないぞ!?

 いつの間にそんな話になったんだ?


「お前、結婚相手を探す前に仕事して生活を安定させるんじゃなかったのかよ?」


 ティムがトカゲのしっぽ亭で働くようになって、三週間ほどが過ぎている。

 最初は掃除や皿洗い、材料の買い出しや後片付けなど、雑用がメインの仕事をしていた。雑用といっても、店の構造を把握したり、一日の営業の流れを覚えたり、客の動きやそれに必要な食材資材その他、様々なことを見て聞いて感じて、実感するためには必要な仕事だ。

 ティムは真剣に取り組み、先日ようやく食材を触らせてもらえるようになったと言っていた。


 まだまだ生活が安定したとは言えない。

 この仕事だって、本当に続けられるかどうかまだハッキリしていないのだ。

 幸いにして、噂のワーウルフだということに起因する接客関係でのトラブルは、今のところないようだが……


「ちょっと性急過ぎないか?」

「俺もそう思ったんだけどさ、先方がどうしてもって真剣でさ」

「先方? ……見合い相手がお前を見初めたってことか?」

「見合い相手がって言うより……結婚相談所が?」


 結婚相談所が見初めた? なんだそりゃ。


「なんかさ、スゲぇ綺麗な姉さんが俺んとこ尋ねてきてさ、『無理を承知でお願いします、お見合いをしてください』って。すんげぇ頭下げてさ……俺、なんか気圧されちゃって」


 騎士団の総攻撃を物ともしないこいつが気圧される相談員?

 どんだけ人材不足なんだよ。


「なんでも、新聞を見て俺のことを知ってさ、俺しかいないって思ったんだって」


 こいつの記事なんてろくなものがない。

 婦女子を襲う魔獣かと思えば、手当たり次第女を口説いていたモテない男だった――そんな内容だろう。


「よっぽど結婚が決まらない女がいて、他に相手がいないのかもな……ほら、手当たり次第ナンパするような男なら、誰でもOKしてくれそうだし」

「俺、もうそういうのしてないから! ……でも、新聞を見てってことは、そんな風に見られてんのかなぁ、やっぱ……」


 どうにも、ティムは乗り気ではない様子だ。


「それと、新メニューを考えることに何か関係があるんですか?」

「そこはさ、ほら、人気店のメニューに俺が考えたヤツがあるんだぜとか言うと『そうなの!? きゃーすごい!』って、俺の株が上がるじゃん?」


 めっちゃ乗り気だな、おい!?


「お前、その他人を使って自分の株を上げようとするのやめろ」

「そう! アサギン、いいこと言ったなの! カナもそういうことが言いたいと思っていたなの!」


 カナが腰に手を当て、立てた人差し指を振り振り、ちっちゃい先生みたいにお説教を始める。


「評判とか肩書きとか、そういう見かけだけを取り繕ってもダメなの! 誰かとお付き合いするっていうのは、本当の自分をさらけ出してぶつかるってことなの! 自分自身を磨かなきゃ、すぐに見透かされて終わっちゃうなの!」

「……自分だって、恋人いたことないクセに」

「カナはまだ自分磨きの途中だからあえてそういう人を作ってないだけなの!」


 変な反論をしてカナの怒りに火をつけるティム。

 こいつ、自分にコンプレックスがあるんだろうな。だから、真正面からぶつかるのを怖がっている。

 チャラいナンパをしていたのも、もしかしたら本当の自分に自信がなくてそういう仮面を被っていただけかもしれない。


 しょうがない……


「ティム。お前がこの店で働けるようになったのは、なんでだと思う?」

「え? そりゃあ……店長が気を遣ってくれて」

「なんで気を遣ってもらえた?」

「えっと……あぁ、あれかな? 事故から救ったから、とか?」

「救ったからじゃない。『なんの迷いもなく』救ったからだ」

「……へ?」


 こいつは、自分の身を犠牲にしてカナを助けた。

 ティムに守られながら、カナの中では様々な思いが交錯したと思う。

 もちろん、助けてもらった恩義もあるだろう。躊躇わず我が身を犠牲に出来るその精神に圧倒されたのかもしれない。

 けれど、その中にはきっと、「この人を放っておくのは危なっかしい」って思いがあったはずだ。


「自分なんかどうなってもいい。そんなお前が放っておけなかったんだろうよ」

「そうなの。ティムは自分のこといい加減にし過ぎるから……カナは、ティムに『自分のことを大切に出来ない人には誰のことも大切には出来ない』って教えてあげたかったなの! だから、雇ったなの」

「店長……」

「まぁ……、助けてくれた感謝も、ちょこっとは、含まれてたなの」


 人の心を惹きつけるのは、取り繕った見栄えのいい外面じゃなく、不意に顔を覗かせる素の表情だったりする。

 その素の部分がプラスであろうとマイナスであろうと、作り物の表情よりもインパクトがある。ニセモノは、ホンモノを超えることは出来ないのだ。


「ニセモノのカッコよさで好かれるよりも、ホンモノの情けなさで嫌われる方が、今のお前にとってはいいことだと思うぞ」

「そうなの! 相手にも失礼になるなの!」

「……そっか。……うん。分かった」


 しゅんと耳を寝かせるティムだが、その表情はどこかほっとしたように見えた。


「なんか、二人の話聞いてたら肩の力抜けたよ。実はさ、お見合いの話が来てから変に緊張して苦しかったんだよね……あぁ、マジ、今楽になった。ありがとね」


 にへらっと笑ってみせるティムのその顔は、なかなか悪くなかった。


「そういう顔してる方がモテると思うぞ、お前は」

「そう? へへっ、アサギさんのお墨付きだと思うと、自信つくなぁ」

「まぁ、それで見合いがうまくいくとは限らないけどな」

「だよねぇ~……」


 戯けてみせるティムにはもう、気負いも焦燥感も見られなかった。


「じゃあさ、店長。あと十年経っても俺が独り身だったら、店長が俺のこともらってくれない?」

「え、絶対嫌なの」


 真顔だ!?


「カナは優しいだけじゃなくて、引っ張っていってくれるようなたくましい人がいいなの。ティムじゃ頼りなさ過ぎるなの。あと、顔も好みじゃないなの」

「ボッコボコじゃね、俺!? 酷くない、アサギさん!?」

「カナ。……分かる」

「分かっちゃったよ!? 俺の味方少ねぇなぁ、この店!?」


 そんな冗談を言ってティムがテーブルに突っ伏し、その様を見て俺とカナが笑う。

 それでも、ティムは憑き物が落ちたような顔をしているから、自然体で見合いに臨めるだろう。

 意気込み過ぎると見合いはうまくいきにくい。自然体でいられるヤツの方が成功率は高いのだ。

 なんだか、久しぶりに結婚相談員っぽいことをしたな。


 ただ、そんな中気になったのが――


「どうした、ツヅリ?」

「……へ?」


 ツヅリが、途中から黙ってしまったことだ。

 何かを考え込むように俯いて、こちらの会話に入ってこなかった。


「何か悩み事か?」

「え、いえ。わたしはどうかなと思いまして……」

「ん?」

「いえ、なんでもないです」


 えへへと、愛想笑いを浮かべて、ハーブティーに口を付ける。

 最近、ツヅリはこういう表情をたまに見せるようになった。


 不安げな表情をして、黙り込んで、声をかけると笑顔を浮かべてなんでもないと言う。



 俺には踏み込めない領域で、こいつは一体何を悩んでいるんだろうか。



「……そうか」


 けれど、俺にはそう言うことしか出来ない。

 それは、ツヅリ自身の問題だから。

 俺が土足で踏み込んでいい領域ではないから。


 もし、ツヅリが俺を頼ってくれたら。

 その時は全力で力になってやるつもりでいる。

 けれど、もしそうではないのなら……俺がしゃしゃり出るのはお節介でしかない。


 俺にだって、無遠慮に踏み荒らされたくない領域があるからな。



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